忠誠心といえば、古くさいと感じるひとは、30代、40代のおじさんの間でもいるので、たぶん高校生の間では、この言葉は、もう死語に近いかもしれない。
しかし、自分が属する集団や組織を大事に思ったり、そこに属していることを誇りに思ったりする気持ちがほんとうに古くさくなってしまうことってあるのだろうか。また、この組織が好きだという気持ちがほんとうに滅び去って、この世の中からなくなってしまっていいのだろうか。そういう問題を今回は考えてみたい。
loyaltyという言葉を辞書で引いてみてほしい。義務に忠実なこと、君主、国、会社に対する忠誠心などという意味が書かれていることだろう。わたしが引いた辞書には、「献身的な感情を含む」という説明まで加えられてあった。「相手を大切に思うこと」というのは、ロヤルティの自然な意味だが、忠誠心と訳すと息苦しい。人事の研究会で、このことを話題にしたときに、「忠誠心と聞くと、イヌのようだ」とか、「そういえば、倒幕した志士たちは、幕府のイヌと戦ったのだ」みたいな意見が出てくる。組織のいいなりになるのはよくないという認識があるし、会社のイヌ、学校のイヌには、だれもなりたくないはずだ。にもかかわらず、愛すべき組織、ご愛顧する商品というのはある。会社へのロヤルティには、自分がこの会社を好きだ、だからそこでがんばりたいという気持ちがあり、商品へのロヤルティには、たとえば、このフェンダーのギターが好きだ、だからずっと大切に弾きたいという気持ちがある。
確かに、会社のほうが滅私奉公を要求する時代は終わったし、それまで忠誠だったひとたちでも、成果に貢献するところが少なければリストラをする時代だ。ひとを大切にしてきたという評判の会社でも、人員削減のために希望退職を募ることがある。他方で、個人の側もそういう会社を見限って、早期退職をしてセカンドキャリアを歩むひとが中高年にもいるし、もっと若い層なら、フリーターと自認しているひとでなくても、特定のひとつだけの組織にずっといたいと思うひとが減っている。
時代の変化のなかで、忠誠心を頼りに生きるのは分が悪くなっている。でも、ほんとうに忠誠心はいらなくなったのか。この問題を議論するのに興味ある視点を、米国のキャロル・K.ゴーマンは、『忠誠心という要因』(The
Loyalty Factor: A Management Guide to the Changing Dynamics
of Loyalty in the Workplace、1991年)という本のなかで、提供している。彼女によると、会社にすべてを依存するような生き方は確かに古くなった。その意味では、古いロヤルティは滅びつつある。しかし、彼女はつぎの3点を指摘して、われわれには今の時代にあった新しいロヤルティ観が見えつつあり、それはこれからもますます必要であるという。ひとつは、先にわたしが書いた、相手を大切に思うケアという気持ち(care)だ。これがなくなっている会社が、働く個人にロヤルティを求めるのはおかしい。ケアに根付くロヤルティがあれば話は別だ。第2に、新しいロヤルティは一方的なものでなく、双方向的(mutual)でなければならない。ひとを大切にする会社にいるのだと実感できるなら、そこで働く個人がその会社を大切に思う気持ちは消え去らないだろう。双方的、いい意味でお互いさまだからだ。第3の視点は、多重的(multiple)なロヤルティの時代になったというものの見方だ。大切に思う会社に勤めていたとしても、そこで働く個人が大切に思うのはけっして会社だけではない。家族、趣味の仲間、地域社会など、大切に思う対象は一重にとどまるわけでなく、多重な対象がある。会社の側にとっても、確かに従業員がその会社でいつも働いているという意味で大切だが、ほかにも、顧客、株主、地域社会の住民、取引先などが存在する。
わたしは、ロヤルティが衰亡してなくなるのでなく、今その性質が変わりつつあるという見方を、高校生にも、高校生の先生や親にも、考慮に入れてみてほしいと思う。特に、高校生にとっては、先生、親、学校にすべてを依存する時代は終わりつつあるので、今まで以上に、自分というものを大切にしてほしい。そのうえで、どうせ集団や組織とかかわりをもつのなら、ケアが根底にあるのがいいという視点、双方向的をめざそうという視点、また、ひとつの対象だけと心中するのではない、しなやかで多重的な視点を、大切にしていってほしいと思う。
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【プロフィール】
かない・としひろ●
神戸大学大学院経営学研究科教授*1954年、神戸生まれ。京都大学教育学部卒業、同大学院経営学研究科修士課程修了。MIT(マサチューセッツ工科大学)Ph.D.(経営学)、神戸大学博士(経営学)。94年より現職*リーダーシップ、ネットワーキング、モチベーション、キャリアなど経営学の中でも人の問題に関わるトピックを主に研究*主著に『ニューウェーブ・マネジメント』(創元社)
『働くひとのためのキャリア・デザイン』(PHP新書)『仕事で「一皮むける」』(光文社新書)『はげましの経営学』(宝島社)ほか多数。
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