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まつもと・おおき
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1963年、埼玉県生まれ。開成中学・高校から東京大学法学部に進み、87年に卒業後、米国の証券会社ソロモン・ブラザーズに入社。90年、同じく米国の証券会社ゴールドマン・サックスに転職。活躍が認められて94年に同社史上最年少でパートナー(共同経営者)に抜擢。98年、インターネットに開眼し、インターネットによる個人株取り引きを考案。会社に新規事業として提案するが却下され、「ここで躊躇すると取り返しがつかない」と、株式公開で10億円ほどを得られる権利を行使する前に会社を退職。99年4月、ソニーとの共同出資でマネックスを設立(6月にマネックス証券に社名変更)、代表取締役社長に就任。著書に『株本』(サンプラザ中野氏と共著・日本経済新聞社)、『トーキョー金融道』(藤巻健史、成毛眞氏と共著・日経BP社)、『こうすれば日本はよくなる!』(ダイヤモンド社)、『10億円を捨てた男の仕事術』(講談社)、『株式投資改革宣言』(松井道夫氏と共著・徳間書店)、『eに挑む』(ワック)などがある。
http://www.monex.co.jp/
(2004年1月26日掲載)
※インタビュー:2003年12月25日
―インターネットによる個人の株取り引きを仲介するマネックス証券を設立され、99年10月に株式委託売買手数料の完全自由化にあわせ、サービスを開始されました。どんな反響でしたか。
すごい勢いで口座もビジネスも増えていき、設立の翌年には東証マザーズに上場できました。現在、口座数は約24万で、オンライン専業証券会社では第2位のシェア、という位置です。創業以来、注目を集めましたが、トラブルもありました。それを乗り切るためには、会社の情報を全て公開することが重要と考えて実行してきました。『負の遺産』を持たず、クリーンで透明、かつ顧客の視点に立った正しいことをやろうという意思です。
―
設立された動機に、「金融市場の改革を通じて、日本の現状を少しでも変えたい」という強い思いがおありだったとか。金融市場にはどんな問題があったのでしょうか。
市場には、モノを売りたい人と買いたい人が出会う場、という機能と、そこでやりとりされるモノを選別する機能があります。例えば、いいトマトには高い値段がつけられても買い手がつき、腐ったトマトはいくら安くても誰も買いません。株式などの資本市場も全く同様で、いい会社は株価が上がってたくさんお金が集まり、良くない会社は株価が下がって淘汰されていくはずです。ところが、日本の金融市場はインフラ、つまり場所は整っていても、その機能がうまく働いていない。株価が数十円と額面を割り込むような、つまりマイナスの価値しかないような会社でもいつまでも生き永らえている現状があり、いまいち活気がありません。
―そこが改善されると、一般の生活者にはどんな恩恵があるのでしょうか。
市場がない場合を考えてみてください。例えばある1軒の農家とトマトを買う契約を結ぶと、その品質が多少落ちても買い続けなければなりません。そんな金があるなら、他のよいトマトを探したほうがいいわけです。公共事業も同じで、車が通らない場所に道を作るなら、図書館を建ててもらったほうがいい。そのように、金融市場が機能していれば、同じお金を、例えばバイオや医療といった分野など、社会にとってもっと意味のあることに使うことができ、人々の暮らしはもっと良くなります。
―なぜ、日本では市場が機能しないという問題が起こるのでしょうか。
市場は安い株価という形で悪く評価しても、その会社を失いたくはない当事者がいて、生き永らえさせているからでしょう。どんなところにも利権とか既得権といったものがあって、それを手放したくなくなるのでしょう。
市場が機能しない、ということは、世代交代が進まないこととか「最近の若いやつらはなっていない」と決めつけたり、古い考えを押しつけることと同根だと思います。そこには経験を積んでいる自分のほうが優れている、という錯覚があるんです。もしそうだとしたら、今ごろ人類は滅亡している(笑)。新しいもので社会は進化しているわけですから。若い者のほうがずっと優れていると私は思っています。
アメリカは市場が一番機能している国で、社会の枢要なところで女性や若い人がたくさん参画して、いいものをデモクラティックに決めていきます。一方、日本は年功序列で高齢の男性ばかりが集まって決めているわけです。
―松本さんは政府の審議会などにも参加されていますが、そういった社外の活動も変革のためにされているんですね。
そうですね。いま、首相の諮問機関である金融行政審議会の専門委員のほか、証券業協会の理事や東京証券取引所の運営委員を務めています。私はいま40歳ですが、ほかの委員は自分より15歳以上年長の人ばかり(笑)。古い部分が多く、既得権益や年功序列の世界で当初は肩身が狭い思いをしていましたが、だいぶ活性化してきました。あと10年もしたら自分と同世代の人がこういった場に入ってくると思いますが、それまでにもっと変えておきたい、と思っています。
―ところで、マネックス証券が誕生して5年近く経ちますが、それで何か変わりましたか。
まだまだ、志半ばです。政治でも芸術でも、もちろんビジネスでも全てそうですが、インパクトを与えようとするなら継続させなければなりません。5年弱経って、永く継続的に推進していく基盤がようやくできたところです。
我々が今までやってきたことと言えば、投資、それも株の銘柄を自分で選び、しかもネットを使って取り引きしよう、と決断した人のためにその環境を作ってきたことです。ところが、そういった人は限られたごく一部であって、99%は「ネットが使えない」「株式投資が恐い」「そんなお金はない」といった人たちでしょう。そういった人たちには何も働きかけず、怠慢も甚だしかった。これからは、その人たちに向けて、もっとリテラシー(
※1
)を高めてオンライン証券システムを使ってもらうことを働きかけていきたいと思っています。
―日本人は元本保証される預金ばかりして、アメリカなどと違って株式投資などはあまりやりたがりません。リスクを嫌う国民性があるように思うのですが。
よくそのように言われますが、それは邪念(笑)。公営ギャンブルやパチンコなどに年間60〜70兆円も使われているんですよ。GDPの10%もある。こんな国は世界のどこにもない(笑)。バブル期には海外の不動産を猛烈に買い漁っていますし、リスクを嫌う国民がそんなことをするはずがありません。
そもそも日本人は魚を獲って暮らしていた。漁獲高にはブレがあって、値段が動くということには慣れているはずなんです。現に、不動産バブルのとき、家計は売り越しのほうが圧倒的に多かった。つまり、高値で売り抜けているんです。バブル崩壊を経験した国はいくつかありますが、そんなのは日本だけです。今、株式市場に活気はなくても、株価が上がってくればシフトされてくると思っています。
―松本さんの問題意識や志が形作られた背景には、どういったことがあったとお考えですか。
よくはわかりませんが、父親の影響が大きいのではないか、という気がします。私の父は昭和9年に東京の下町に生まれ、米軍の空襲をもろに受けているんです。友だちとベーゴマで遊ぶとき、一番強いコマに「B-29」と名前をつけていたそうです。つまり、子どもでも日本が戦争に勝てるわけはないとわかっていた。終戦の日、空が抜けるように青くてまぶしかったことが印象的だったそうです。そしてアメリカの理想的な民主主義が日本に入ってきたわけで、日本のそれまでの体制に対する強い疑問と、アメリカのオープンなデモクラシーに対する感謝心のようなものを感じた、という話を聞かされました。そんな父は、とにかくファシズムやそれに従うようなイエスマンが大嫌いで、批判精神こそ大切、と常に言っていました。
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