先生が生徒に対して、親が子どもに対して、師匠が弟子に対して、上司(管理職)が部下に対して、思いやる気持ちが大事だと常に思う。この思いやりという言葉は、聞き飽きた言葉かもしれないが、リーダーシップをとる際にも、非常に長い間、重要なひとつの行動次元として捉えられてきた。いくら、仕事、課題面の指示がてきぱきとできても、部下を思う気持ちがなかったら、部下はついてこない。先生にも、親にも、師匠にも、管理職にも、フォロワー(それぞれ、生徒、子ども、弟子、部下)に対してリーダーシップをとるという側面があるから、配慮は不可欠だ。
この配慮の意味合いを考えるうえで、ぜひ手にしてほしい本がある。ミルトン・メイヤロフ著『ケアの本質(生きることの意味)』(ゆみる出版、1987年)だ。ケアは、この思いやりというものを考えるうえで最も深みのある究極のキーワードで、子どもが小さいときにも不可欠だが、進学やがて就職するときに、親が子どもにできることのうちで際立って大切さを増していく。また、親のほうもずっと働き続けているなら、職場でも管理職(ライン長)になるころには、自分の右腕に育ってほしいひと、もっと言えば自分を超えるぐらいのひとを部下のなかから生み出したいと思い始める。家庭でも職場でも、ケアというものの貴重さを再認識しなければならない。もちろん、高校や大学で生徒・学生と接する教官たちも、ケアの本質を知ることなく、彼らを大切にはできない。
大切にケアするというのは、相手の言いなりに、言うとおりにしてあげることではない。甘やかすことではない。それは、ほんとうにその子が自分の力でうまく自分の道を歩めるようになるのを助けることだ。手間のかかることだし、それに値する。
実は、アイデンティティの心理学でもよく知られるエリク・エリクソンの生涯発達心理学によれば、ケアというのは、中年のときの発達課題を乗り越えたときにはじめて身につく美徳・強みなのだ。ひとの発達は、学校を出るころに終わるのでない。30代になっても、40代になっても、さらに50代になっても続く。30代後半から50代(さらに60代)に至るころの発達課題は、エリクソンの命名で世代継承性(generativity)もしくは(より簡単に)世代性と呼ばれる。
この「中年」の時期に自分がもう仕事でもプライベートでも干上がり、もうピークは終わったと思って、より若い世代と接するのではなく、より若い世代を育むことによって、自分もまたさらに創造的に活発に彼らと共同することができる。自分だけがよければと思って課題の達成にひとりがむしゃらに勤(いそ)しむだけでなく、つぎの世代にいいものを残す。彼らに大切なものを直伝するという課題がある。これが世代継承性であり、精神分析のひとたちは、生殖性とも訳してきた。生殖性というのは、まだ元気よくセックスができるという意味ではなく(それを含むかもしれないが)、自分の後から生まれてきた世代に役立ち、自分にとっても意味のあるものを、中年になっても継続して生み出す(generate)ことができること、若いときよりも、いっそう自然にそれができ出すことを指す。世代継承性もしくは生殖性という中年の発達課題をクリアしたひとにはじめて自然に備わる美徳(よりよく生きていく力のもとになるという意味での美徳)がケアというわけだ。
メイヤロフの名著によれば、ケアの本質的属性は、知識、異なったリズム、忍耐、正直、信頼、謙遜、希望、勇気だ。ケアの気持ちがないと役立つ知恵・知識は生まれないし、知恵や知識がないとより若い世代のケアはできない。単なる習慣に従うだけではケアは微力で、自分のペース、リズムをケアの機会に変える必要がある。相手が育つのにかけるゆとりや忍耐がいる。ケアの根っこにあるのは信頼だが、「正直であることがケアに全人格的な統一感を与える」とメイヤロフは言う。同時に導き手が相手に対して過保護や傲慢になるのはだめで、子ども、生徒、部下から学ぶという謙虚さが必ずいる。そして、希望や勇気が備われば、ケアがひとを自立的に育てるはずみがつく。
わたしは、管理職になって部下をもつようになるひと、先生になって生徒と接するようになるひと、親として真剣に子どもと向き合いたいと思うひとに、言葉の真の意味におけるケアを身につけてほしいと思う(し、自分も父親としてまた教師として、そうしていきたい)。8回の連載におつきあいいただいた皆さんに、はなむけとしてケアという言葉を贈って擱筆したい。
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| 【プロフィール】
かない・としひろ●神戸大学大学院経営学研究科教授*1954年、神戸生まれ。京都大学教育学部卒業、同大学院経営学研究科修士課程修了。MIT(マサチューセッツ工科大学)Ph.D.(経営学)、神戸大学博士(経営学)。94年より現職*リーダーシップ、ネットワーキング、モチベーション、キャリアなど経営学の中でも人の問題に関わるトピックを主に研究*主著に『ニューウェーブ・マネジメント』(創元社)
『働くひとのためのキャリア・デザイン』(PHP新書)『仕事で「一皮むける」』(光文社新書)『はげましの経営学』(宝島社)ほか多数。 |
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