 |
―石原さんは、どんな高校時代を過ごされましたか。
エレキギターの練習ばかりやっていました。高校の友人2人とロックバンドを組んで、ライブハウスとか、高校の文化祭とかで演奏して。ヤマハが主催する『イーストウエスト』という有名なコンテストがあって、新潟県のベストギタリストにも選ばれましたよ。
―それはすごいですね。
当時は、将来はローリング・ストーンズに入りたい、って真剣に思ってた(笑)。親にそう言っても、本気にはしてくれませんでしたがね。当時は、好きなことを仕事にすればいい、って思っていましたね。
―ところで、石原さんはやはり文学青年でしたか。
いいえ、全く(笑)。高校の頃は、五木寛之さんの『青春の門』を回し読みしていたくらいで。作文が得意だった、ということもないですねえ。市のコンクールで佳作を1回とったことがあるくらいかな。でも、作家を目指していた学生の頃はかなり読んでいました。1日1冊は読んでたかな。その頃は小説が面白くなって、ただ好きで読んでいましたね。やはり好きなことが仕事になっていますねぇ(笑)。
―好きなことを仕事にするのは、簡単なことではないですね。
そうですね。とはいえ、これも見城から言われたことですが、編集者になるためには、別に文学全集を読む必要はないんだ、と。それよりも、学生時代にスポーツを夢中でやるとか、何かに熱中することが突破口になるんだと。それが編集者としてのいい感性に結びついて、相手を自分の得意な世界に引きずり込めるようになることもあるわけですから。そういったように、自分の得意なこと、好きなことを突き詰めていけば、直接は関係のない世界でも通用するという側面はあるから、あきらめずに続けていくことも大切かな、と思います。
―そういう、得意分野を生かすような教育があまりされていない、という根強い批判があります。
教育現場で認めてあげて、引っ張っていければいいと思いますね。そういう意味でも、兵庫県でやっている、中学2年生が地域内の企業や活動を1週間体験学習する「トライやる・ウィーク」は、非常にいい試みだと思いますね。働いている生身の人間と出会えたり、作業を実践してみる社会体験を通じて、視野や選択肢が広がると思います。こういうことは、中学2年のときだけでなく、いつやってもいいと思います。
―同じような狙いかと思いますが、たくさんの仕事を紹介した『13歳のハローワーク』がベストセラーになりました。どういった反響がありましたか。
この本では、514の職業を紹介しているんですが、ある高校生が「選択肢がたくさんあるから気持ちが楽になった」と書いてきてくれました。選択肢が多い、ということは、自由な気分になれますからね。それは、うれしい反響でしたが、当初はこんなに売れるとは思ってなかったんです。初版も3万部でしたし。でも、各職業ごとに2人以上に話を聞いて書きましたから、おざなりな紹介の仕方はしていないつもりです。
―それがベストセラーの要因でしょうか。ところで、石原さんは現代の高校生をどうご覧になっていますか。
ぼくの知っている範囲の高校生たちは、みんな礼儀正しくて優しい人ばかりですよ。村上龍さんの『ラブ&ポップ』という、女子高生の援助交際を扱った小説を出すときに、15人くらいの女子高生に会って話を聞いたことがありました。みんな可愛かったですね。17歳という頃は、社会から遠いから、それだけでチャーミングでいられるんだと思いました。その一方で、ある信託銀行の就職セミナーに村上龍さんと行ったことがあったんです。相手は就活中の大学3年生。服装は自由、と書いてあるのに全員スーツを着て、面白いことを言っても誰も笑わない(笑)。この会社に入れないと人生終わり、みたいに考えると暗くなると思うんです。社会に近いからそう考えるのかな。
―石原さんは、ある雑誌のインタビューで「駆け出し時代の気分をいつも持っていたい」と発言されていますね。
社会で偉くなっていくと、地位が邪魔をする、ということもあるわけです。会社ですから、組織を管理するという仕事もありますが、編集者に関して言えば、作家に原稿を書いてもらうのが仕事で、それを忘れたら出版社は成り立たないわけです。編集は、現場で本という形式になる前の新しい価値を作る仕事をしているわけですから、若いときのピュアな気持ちを失ってはならないと思うんです。
―それがヒットを続ける秘訣なのですね。ありがとうございました。
|