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小菅さんは、やはり子どもの頃から動物がお好きだったのでしょうか。
その通りです。イヌ、ネコ、ニワトリ、昆虫、となんでも飼っていました。父親が東京に出張するたびに、サワガニとかホタル、カブトムシ、カメなんかをみやげに買ってきてくれました。それが楽しみでね。
― どんな高校時代を過ごされましたか。
柔道をやっていたんですが、部活ばかりの日々でした。北大に入ったのは、柔道部が強かったからなんです。勉強のことより、「北大柔道部へ入学する」ことが夢でしたね(笑)。事実、勉強なんかしているヒマはありませんでした。柔道部だけじゃなくて、レスリング部やラグビー部、応援団まで顔を出していた(笑)。力が強かったからか、応援団では野球の試合で旗持ちまでやりましたよ。そんなんで毎日大変でしたねぇ。
― 獣医学部に進まれたのは、やはり動物に携わりたかったからですか。
入学のときは理類で入って、学部は2年のときに決めたと思うんですが、オリエンテーションのときに獣医学部の教授が馬の手術してくれてね、それがカッコよかった(笑)。そんなところです(笑)。学部に入ってしばらくは、牛や馬の獣医になろうと思っていました。当時は、卒業すると役所に入って畜産行政に携わるか、地方で酪農などの獣医になるか、街で小動物の病院を開業するのが一般的な進路でしたから。
― それが、旭山動物園に入られたというのは。
実は、悲惨なことがありましてねぇ(笑)。牛や馬の獣医になるためには、いろいろな技術を身につけなければならないんですが、その中に繁殖させるための種付けがあるんです。メスの直腸に手を突っ込んで、卵巣や子宮を触って確かめるんですが、なんと僕は腕が太過ぎて入らなかった(笑)。
4年の6月にもなって、それでは獣医は無理だと。どうしようかと思いましたが、公務員になるのはいやだし、ほかになりたい仕事もイメージできません。悶々とする日々の中、それでもなんとか柔道と勉強は必死にやっていました。そうしたら、
3月の卒業間際になって、突然旭山動物園から求人が来たんです。教授から呼ばれて、開口一番「キミしかいない!」って言われまして。ほかの学生はみんな就職決まっていましたからね(笑)
。
― 幸運だった、と(笑)。
結果的には大幸運でした。今では、旭山動物園は自分の人生そのものですから。動物園に入ったことで、好きな動物を科学的に見ることができるようになりました。
― 獣医としての研究も重ねられたのですね。
オス・メスを分ける染色体の研究や、希少動物の繁殖などを研究してきました。また、動物園という場を使った教育活動についても研究を進めています
。
― 教育現場に対してのご意見をお聞かせください
。
ひとつだけ持論があるんですが、勉強しない子どもに対して「何々の役に立つから勉強しろ」というのは間違っていると思います。勉強とは、役立つ・役立たないではなくて、自分を作るためにすることです。よく、サイン・コサインなど三角関数を勉強しても実生活で使ったことがない、役に立たないことを教える、と批判されることがありますよね。とんでもないと思いますよ。三角関数という積み木を1個持つことができれば、それだけ高い塔にすることができると思うんです。実生活に役立つ知識だけでは細い塔で終わる。無駄と思える雑学でも、それに支えられて太い塔に積みあげていけるんです。子ども時代にケガして覚えたこと、経験したスポーツ、ケンカしたイヤな奴、どれをとっても人間形成にムダなものは一つもないと思います
。
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受験に役立つ知識だけ詰め込む、というのも違う、と 。
高校生の時期にしかできないことというのがたくさんあると思うんです。勉強よりもやりたいことがあれば、勉強なんてしなくてもいいぐらい。「点を取れないからしない」「受験に役立たないからしない」という理由でやらないのはもったいないと思いますね。私の知人は、大学受験で合格したらそれで親への義理は果たした、と言って入学せず、就職しました。それでやりたいことを見つけ、勉強し直したいと専門学校に通っているんです。そういう生き方でもいいと思います。
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やりたいことを見つけ、進む生き方ですね
。
僕が大学 4 年の就職で悩んでいる頃、柔道部の先輩に「迷ったらじっくり考えると良い。人生は長い。焦る必要は全くない。しかし、人生は有限だよ」って言われたことがあるんです。それで自分らしく生きていこう、と前向きに考えられるようになりましたね。珠玉の一言です
。
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素晴らしい言葉ですね。どうもありがとうございました
。
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