2カ月半にわたる夏の休暇が終わると、アメリカの大学ではフォールセメスター、秋学期の始まりとなる。筆者の勤務するメリーランド大学でも今年は8月30日から授業が開始され、それに伴ってカウンセリング・センターにも新入生をはじめキャンパスに戻った学生たちがどっと押しかけてきた。夏休み中はブランクの多かったスケジュール表もあっという間に一杯になり、カウンセラーは学生たちの様々な悩みに耳を傾けることになる。
この時期にカウンセリングセンターを訪れる学生には適応障害、例えばホームシックといった環境の変化によって起こる一種のストレス反応が多い。筆者のオフィスにやってきた今学期第1号のクライアントはメリーランドから車で約6時間、アメリカ東部コネチカット州出身の18歳フレッシュマンならぬフレッシュウーマンであった。3人姉妹の末っ子で、2人の姉は共に地元の大学に進学し、故郷から「遠く離れた」メリーランド大学に学ぶことを決心したのは、家族では後にも先にも自分が初めてだと言う。授業開始直前の週末に新入生用のドーミトリーに入寮し、両親と別れた後しばらくは大丈夫だったが、就寝前に電気を消した時にはさすがに寂しさがこみ上げ涙が止まらなかった。もっとも本人自身これは一時的な現象と理解しており、話を聞きながらその純情さに何となく微笑ましさを感じさせられた。こうした可憐なアメリカ人学生がいまだに結構多いことは、余り日本では知られていないのではなかろうか。大学の雰囲気に馴染み、キャンパスで新しい友人が見つかるまで相談に来ることで本人も少し落ち着いたようであった。このような適応障害は一過性であり、ウツや不安などの心理障害を併発しない限り、新しい環境に慣れ親しむにつれて自然と快方に向かう。
これに反し、単なるキャンパスへの不適応が原因とは考えられないケースも少なくない。秋学期第1週のしんがりとなったクライアントは19歳、メリーランド大学2年生の女学生であった。医者の父親にビジネスウーマンの母親という裕福な家庭に育ったこの学生も同じく3人兄弟の末っ子、やはり他州からメリーランド大学に入学してきた。しかしさすが2年目とあってキャンパス生活にもすっかり溶け込んでおり、ホームシックの兆候などひとかけらもない。彼女の悩みは大学で何を専攻すべきか全く見当がつかないことである。父親はもっぱらロースクールに入って弁護士になれと薦めるが、どうもしっくりとしない。高校時代に興味のあったジャーナリズムをはじめ幾つかの分野も考慮してみたが、どれにも満足できなかった。
専攻学部を「選択」して大学入試に挑む日本とは違い、入学してから専攻の決定をせまられるアメリカの大学ではこうした優柔不断はそれこそ命取りともなりかねない。法律
(ロー) やジャーナリズムなどといった人気の高い分野を専攻するためには、「プリ・ロー」や「プリ・ジャーナリズム」と呼ばれる、それぞれの学部が指定した一定数の準備コースをまず先に履修せねばならない。こうした準備コースは専攻願いを正式に届け出た学生のみが対象とされ、そこで好成績を収めた一握りの学生のみに晴れて専攻が許可されるのである。これは単に法律やジャーナリズムに限らず、ビジネスや情報科学・医学など多くの専攻についても同様である。このため適切な時期に専攻を選ばないと、それこそ一生のチャンスを棒に振ることにもなりかねないのである。
こうした専攻不定のクライアントへのカウンセリングは、適応障害のケースとは違って一般に複雑化することが多い。クライアント自身のキャリア概念が不明瞭なため、キャリア・アセスメントのツールなども役立たず、面接中の応答も曖昧になるからである。筆者はこのような場合、大学の専攻については一時保留し、近い将来の理想をクライアントに想像させることにしている。5〜10年後はどこに住み、一体どんな生活を送っているであろうか? 趣味は? 収入は? バケーションは? 家族は? など様々な質問を投げかけることにより、徐々にクライアントの価値観を明確にさせてゆく。同時にキャリアとは単なる就労ではなく、家族生活や教育・レジャーをも含んだ生活全般にわたる総括的なコンセプトであることをはっきりと自覚させる。こうしたキャリアに対する幅広い、生涯的な考え方を背景に、そこからさかのぼって大学の専攻を選ぶよう指導してゆくのである。
この「想像ゲーム」が功を奏してか、大学2年生の女子学生はこれまでエンジョイしてきた自分の生活がいかに恵まれたものであるかを改めて認識したと語った。学部の専攻に悩むこのクライアントのキャリア探索の第1歩に幸運を祈った。 |