リジリエンス
(resilience) という言葉をご存じであろうか? 英和辞典によると、「弾力性、回復力」などと訳されているが、心理学用語としては、自己の置かれた苦境にもかかわらず、ぐんぐんと大成してゆく心理特性を意味する。あえて言うなら、かつて大ブームとなったNHK番組「おしん」のみせた、逆境に強く、不屈で強靭な特徴と思ってよい。その「おしん」が放送された今から20年ほど前といえば、E・エリクソンが1956年に提唱したモラトリアムの概念が紹介され、モラトリアム人間などという言葉が日本でもてはやされた時代であった。欧米では、青少年の自己(正確にはアイデンティティ[自我同一性]
) の確立遅延ではなく、彼らのサバイバルを助長させる要素とされるリジリエンスに注目していたのは興味深い。
ハワイ・カウアイ島で1955年から40年間にわたって青少年の追跡調査を行い、リジリエンス研究の第一人者とされるカルフォルニア大学デービス校のエミー・ワーナー名誉教授は、リジリエンスのルーツとして、
(1) 他人となじみやすい性格、(2) 優れた読み書き能力、(3) 情緒的サポートをしてくれる人物(親類や教師・先輩・友人・アドバイザーなど)
の存在、の3点を指摘している (E. Werner & R. Smith, Journey
from Childhood to Midlife: Risk, Resiliency, and Recovery 2001,
Cornell University Press) 。第1の「他人となじみやすい性格」とは、遺伝と環境によって築かれる要素であるが、こうした性格の持ち主は他人に好かれやすく、人間関係をスムーズに行うスキルを幼少期から身につけることになる。卓越した対人関係・コミュニケーション能力がリジリエンスを促進させるのである。
2番目の「優れた読み書き能力」がリジリエンスにつながるのは意外かもしれない。しかし、読書によって幅広い知識や情報を吸収し、巧みに自己を表現する能力が学業においてプラスとなり、同時に孤独感や失意に対する強力な救いとなる事実を考えると理解できるであろう。さらに、自己表現を通じて周囲から適切な励ましや助けを受けることは、自己に対する信頼感を高めることにもつながる。こうした自意識は自己効力感
(self-efficacy) と呼ばれるが、10歳代に高い自己効力感をみせた青少年は、成人して30・40歳代になってからもストレスの少ない、安定した生活をおくるとワーナー教授はその著書のなかで報告している。
3番目に挙げられた「情緒的サポートをしてくれる人物(親類や教師・先輩・友人・アドバイザーなど) の存在」とは、血縁の有無にかかわらず、親身になって愛情をそそぎ、声援を送ってくれる人たちである。ハワイ・カウアイ島でアルコール中毒の父親と暴力癖の強い母親との間に、7人兄弟の一人として生まれ育ったある42歳の女性は、子供の頃、両親から愛情を受けた覚えがほとんどなかった。毎日、赤貧を洗うがごとき辛酸な生活のなかで、母親方の祖母だけは、いつどんなにみすぼらしく汚れた身なりで訪ねて行っても小言など一切言わず、いつも風呂に入れて、湯上がりに髪をとかしてくれた。ある時、祖母の家で泊まっていると、真夜中に怖い夢を見て突然泣き出した。祖母は交通事故で片足を失い、普段は義足で歩くことを余儀なくされていたが、泣き声を聞くや否や義足すらつけず、すぐに自分の部屋まで廊下を這って、大丈夫かどうかを確かめに来てくれた。この女性は、その後結婚して幸せな家庭を築き、自ら7人の子供を育て、現在ハワイ州の教育省に勤務している。このエピソードを語りながら、この想い出に綴られた祖母の愛情とサポートのおかげで今の自分があるのだと述べている。こうした体験がまさにリジリエンスの根源となるのである。
最近の日本社会は物質的には極めて豊かになったが、予期せぬ窮地に立たされた際、今の若者は堂々とそれに立ち向かってゆく精神的な逞しさを十分に身につけているであろうか? かつて「おしん」が大ヒットしたのも、実は我々の心の奥底にリジリエンスへの憧れがあるからなのかもしれない。 |