進路指導・キャリア教育を推進する  
 
 キャリアガイダンス.net  
 PRODUCED BY RECRUIT  
 
 
HOME
ダウンロード
ワークシート・書類
統計データ
キャリア教育事例

過去記事の見出し検索
メールマガジン
リクルートサービス案内
進路指導関連サイト
編集部へのご意見・ご感想
メールマガジンTOP > 高校生がワカル、大人がカワル
キャリアガイダンス@メール
メールマガジンお申し込みはこちら
リレーエッセイ 高校生がワカル、大人がカワル
(2004年12月20日掲載)

 大学や高校の名門スポーツ部部員による不祥事が続いている。スポーツの世界のエリートである若者たちが起こすわいせつ事件に、怒りを通りこして悲しくなる人もいるのではないか。

 彼らの多くは、最初から「何かやってやろう」と狙っていたわけではなく、「誘われたのでなんとなく」「ほかの仲間もいたのでつい」といった気持ちで事件にかかわったのだと思う。「こんなことをしてしまったら自分の人生はどうなるか」も、「相手の人生はどうなるか」も考えていない。完全に刹那的、自己中心的なのだ。

 しかし、これはこの若者たちに限ったことではない。いま多くの大学で、学生たちの授業を受ける態度やマナーの乱れが問題になっている。私が講義をしているある大学でも、教室でお菓子やパンを食べる学生はもはや珍しくない。ある女子学生は、講義が始まっても堂々とパンをちぎり、口に運び続けていた。それどころか、講義の途中でプリントを配るために私が席に近づいても、手を止めない。「あのね、授業中なんだから食べるのはやめてください」と注意すると、モソモソ口を動かしたまま「あんたには関係ないでしょ」とばかりにギロリとにらまれた。

 ただ、そういう学生にしても、講義ではない場で個人的に接すれば、決して悪い子ではないのだ。「先生ってどこに住んでるの?」などと、親しげに話しかけてきたりもする。それなのに、「講義が行われている教室」という社会的場面になると、とたんに自分が何をすべきかも、講義をしている教員やまわりの学生がどういう気持ちなのかも、考えることができなくなるのだ。

 一対一でつき合えば相手にも配慮できるいい人なのに、集団の一員になると「自分だけさえよければ」と豹変する。不祥事を起こした学生たちも、同じだったのではないだろうか。

 どんな場でも、そこにいるすべての人たちには自分と同じ「心」があり、傷ついたり苦しんだりするのだ。だから、いつでも他者の立場に立ち、「自分があの人だったらどうだろう?」と考える視点を失ってはいけない。…こんな簡単なことを、私たちおとなは子どもや若者に教えられなくなっている。大学の講義や名門スポーツ部で「他人の気持ちになって考えよう」などと教えなければならないのは、いささか情けないのであるが。

香山 リカ

【プロフィール】
かやま・りか
精神科医・帝塚山学院大学人間文化学部教授。1960年札幌市生まれ。東京医科大学卒。学生時代より雑誌等に寄稿。現在も臨床を行いながら新聞、雑誌で社会批評、書評なども手がけ、現代人の"心の病"について洞察を続けている。専門は精神病理学だが、テレビゲームなどのサブカルチャーにも関心を持つ。主著に『切ない…。』(青春出版社)、『「愛国」問答』(中公新書ラクレ)ほか多数。
ホームページ:
http://www.caravan.to

メールマガジンお申し込みはこちら
←バックナンバー ご意見・ご感想をお聞かせ下さい
 
 
 
RECRUIT