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リレーエッセイ 高校生がワカル、大人がカワル
(2005年3月7日掲載)

 最近、トラウマという言葉をよく耳にするようになった。元々、ギリシア語で「傷」という意味の言葉であるが、現在ではもっぱら「心的外傷」の意味で用いられることが多い。死の恐怖や人間性の蹂躙など精神的に大きなショックを与えられ、自尊心や他人への信頼、日常生活における安心感といった、言わば人間としての基本的価値観が根こそぎ破壊されてしまう体験である。昨年10月の新潟県中越地震や年末にスマトラ沖を直撃した津波などの自然災害、もしくは連日のようにマスコミを騒がせる残虐な暴行・殺傷事件などとの遭遇がこれに相当する。最悪の場合、トラウマは PTSD(心的外傷後ストレス障害)と呼ばれる心理障害を起こすことにもなりかねない。この障害は、恐怖の再体験や悪夢、緊張、戦慄感といった強迫的な心理状態と、無力感や失意、感情麻痺、健忘などの解離状態と呼ばれる症状の繰り返しが特徴とされる。

 トラウマはその原因となる事件や出来事の直接体験からだけでなく、マスコミなどによる間接体験によっても生じることが知られている。 2001年9月11日、ニューヨーク世界貿易センタービルの同時多発テロ発生から6ヵ月後、小学4年生から高校3年生までの青少年を調査したニューヨーク市教育委員会のレポートによると、 PTSD 症状が最も多く見られたのは、2本立て超高層ビルの爆破シーンを TV で長時間、繰り返し見た生徒であった。「見ることは信じること(seeing is believing)」という英語の諺は、まさにトラウマに関しては的を射ていると言えよう。アンケートに応じた総数 8,266人のうち、約4人に1人 (26.5%)が「深刻な精神症状」を訴え、個別には外出恐怖 15.0% 、離別不安 12.3%、全般性不安 10.3% 、うつ障害 8.4% 、アルコール乱用 5.1%となっている。 PTSD の発生率は10. 5%であった。またテロ攻撃から半年の間、非行に走った生徒数はそれまでの4.0%から 10.9% に跳ね上がったとレポートは指摘している(ニューヨーク市教育委員会編集、「世界貿易センター攻撃がニューヨーク市公立学校生徒に与えた影響」、 2002年5月6日)。いずれもトラウマが青少年に与える凄まじい影響を物語る数字である。

 こうしたトラウマ体験者に心理テストを行ってみると、心の外傷の本質が浮かび上がってくる。まず第1に目立つのは、自己を取り巻く環境と積極的に取り組み、様々な紆余曲折を乗り越えて充実した生活を送る、という自信の喪失である。自己に対する非力感と呼んでもよい。そして、この非力感には痛烈な疎外感と、過酷で容赦のない良心の呵責とが付きまとう。極限状態だったのだから何もできなかったのだとアタマでは分かっていても、ココロは絶えずその時の自己の無為と拱手傍観を執拗に責めたてる。トラウマ体験にさらされた人たちが孤独に苛まれ、たかがこんなことぐらいでと思われるような些細な原因でキレたり、絶望したりするのはこうした理由によるのである。こう考えると、 TV やインターネットなどのマスコミによる間接的な媒体によっても発生するトラウマが、青少年に計り知れない影響を与えていることは明白であろう。 

 しかし、最も恐ろしいのは、本来、青少年にとって安全の場であるべき家庭や学校、ひいては現代社会そのものがトラウマの源になりつつあるという現実である。家庭崩壊や学校崩壊の元となる親子間、または友人・教師の手によるいじめや折檻はじめ、街角には破壊と殺しを目的としたリアルな「娯楽」ビデオやゲームが氾濫している。さらに、最近では赤の他人に気を許すことさえ危険になった。現代の若者たちは、まさにトラウマの直接・間接体験を強いられる時代に生きているのである。凶悪犯罪の若年化が憂慮される今、トラウマの観点から次の世代をになう青少年の生活環境をもう一度見直す必要があるのではなかろうか?
大谷 彰
【プロフィール】
おおたに・あきら
米在住カウンセラーメリーランド大学カウンセリングセンター、シニア・サイコロジスト。1955年大阪生まれ。高校在学中に米国オハイオ州へ1年間、家庭滞在留学を体験する。帰国後、上智大学外国語学部英語学科に入学し、卒業と同時に再度渡米、西バージニア大学院にてカウンセリング心理学を修める。教育学博士。ジョンズ・ホプキンス大学助教授を経て1989年よりキャリアと臨床心理のカウンセリング実践を行う一方、GCDFインストラクター、京都ノートルダム女子大学客員教授として日米で積極的に研修・講演活動を行う。著書に『カウンセリング・テクニック入門』(二瓶社)はじめ論文多数。
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