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その瞬間、まるで時間が止まったような異様な感覚に包まれた。何が起こったのかを理解するまで、頭が真っ白になり思考は凍りついた。午前5時を回っていたろうか、私はベッドでテレビを眺めながら呆然としていた。
自陣に走り戻ろうとしていたジダンがきびすを返し、いきなりイタリアの選手に走りよって胸をめがけて頭突きをし、しばらくの後に暴力行為で退場となった。誰が見ても文句のつけようのない、暴行である。
涙を浮かべてジダンは退場し、今大会の最大の英雄のいないままゲームは続けられた。こんな時間に目を擦りながらゲームを観ているのも、歴史的名選手であるジダンの最後の勇姿を見届けたいという気持ちが強かった。
そのあまりにも悲しい結末。
主審が高々と掲げるレッドカードの鮮やかな色が目に焼きつき心が揺れた。あの名選手がまさかこんな形で、栄光に満ちた選手としてのキャリアに終止符を打つことになろうとは誰が予想したことだろう。実際にその数分前までは、彼はいつものようにピッチを支配し自由自在のボールを操り、神業のようなヘディングシュートも放っていたのだ。
何が起こったのか。物静かで冷静な彼の中で、おさえられない何があったのか。イタリアの選手は、どのような言葉で彼を挑発し続けたのか。ジダンの病気の母親の事という説もあるし、姉の悪口という人もいる、テロリストと言ったという話もある。しかし、いずれにしろ子供の喧嘩のような話だ。
「お前の母ちゃん、で、べ、そ」というのは子供たちの定番の武器であった。今となってはこんな言葉で子供同士でなじりあっていたことさえ、平和の象徴のように思える。母親が出べそといわれただけで、傷つく子供たちがいたのだ。それだけで泣き出す子もいた。
何度も繰り返し放映される、ジダンが頭突きをするシーンを観るたびに何ともいえずに悲しい気持ちになってしまうのは、あの強く逞しくそしていつも寡黙だった、自分の憧れる選手の中に、まったく裏腹な人間性を垣間見てしまうからなのだろうか。どんなことを言われたとしても、なぜ彼はその傷を暴力で返さなければいけなかったのか。そこまで彼を駆り立てたコンプレックスは何なのか。それから彼を解放したのが、サッカーというスポーツではなかったのか。
あるいはこうもいえるのかもしれない。何かの拍子でそしておそらくは誰もが胸の中に抱えている何らかのコンプレックスや、少年時代に受けた心の傷。それをゆるやかにゆっくりと癒していくのが高校から大学にかけての時期なのではないだろうか。胸の中にある大きな氷を、その時期に体に溶かしこみ社会人としての準備をしてゆく。時々感じることがあるのだが、若くしてプロとして独立した選手にはその準備期間がないので、胸の中で溶けていない塊りをむき出しにするような瞬間があるように思える。順応あるいは従順していく段階を踏まずに世間へ出てしまうからのようにも思える。少年からいきなり大人の中に放り込まれる。逆にいうとプロはそのような感情の塊りが必要で、それが原動力となる部分があるのかもしれない。
笛が高らかに鳴らされ、フランスの英雄にレッドカードが突き出された瞬間、説明しようもない感情が渦巻き、早朝のベッドの上で私は一人混乱していた。 |
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| おおさき・よしお |
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| 作家。1957年、札幌市生まれ。1982年、日本将棋連盟に就職し、雑誌「将棋年鑑」「将棋マガジン」「将棋世界」を手がける。1991年、「将棋世界」編集長。2000年、デビュー・ノンフィクション『聖の青春』(講談社文庫)で新潮学芸賞を受賞。01年、退職して作家に転進。同年、第2作『将棋の子』(講談社文庫)で講談社ノンフィクション賞を受賞。02年、初の小説『パイロットフィッシュ』(角川文庫)で吉川英治文学新人賞を受賞。主な作品に『九月の四分の一』(新潮文庫)、『アジアンタムブルー』(角川文庫)、『ドイツイエロー、もしくはある広場の記憶』(新潮社)、『別れの後の静かな午後』(中央公論新社)、『孤独か、それに等しいもの』(角川書店)、『ロックンロール』(マガジンハウス)、『ドナウよ、静かに流れよ』(文藝春秋)などがある。 |
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