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本当にひょんなことがきっかけで「ああ、時代は移り変わっているんだなあ」と実感することがある。先月は安倍晋三新総理誕生に湧いたが、その中で日本国総理大臣はこれで8人連続私立大学出身となったという報道に驚かされた。
昭和32年生まれの私にとって、総理大臣イコール東大出身という認識が強かった。東大卒以外の総理大臣の方がめずらしいと思っていた。だから政治家、ひいては大臣や総理を目指す人間は、間違いなく東大入学を目標としたし、ある意味ではそれはとても分かりやすい図式であった。その簡明さは“巨人の星”のようなスポ根にも通じるかもしれない。
しかし、時代は確実に多様化し複雑化している。根性という概念がやがて形骸と化していったように、何が何でも東大を目指すという風潮でもなくなってきた。
もしかしたら8人連続、私立大学出身というのは2世議員の有利さを端的に現わしているのかもしれない。頑張って死に物狂いで勉強して東大の門をくぐった者よりも、2世で最初からある程度の必要なものを与えられているほうが、頂に昇りつめるには都合がいいのだろう。つまり、総理大臣が東大出身者から減っているということは、私学に門戸が解放されたのではなく、むしろ世襲化する政治制度による差別化の結果なのだといえなくもない。政界は星飛雄馬ではなくて、花形満が主役の時代なのだ。
調べてみると私が物心がついた頃の総理大臣である佐藤栄作氏以降の首相は安倍氏を含めて19人いて、その中に東京大学出身者は4人しかいなかった。佐藤栄作、福田赳夫、中曽根康弘、宮澤喜一の4総理で、いずれもが東京帝国大学の法学部の出身である。早稲田(4)、慶応(2)、明治(2)は多いのだが京都大学をはじめとする東大以外の国立大学の出身者は皆無に等しい。戦後から佐藤氏の前までは9人中6人もいたのである。とても不思議な感じがする。政治の世界に関しては東京大学の権威失墜の傾向は否定できないだろう。何しろ新制になってから一人の総理大臣も輩出していないのだから。
東京大学からの総理大臣が減った理由はいくつか考えられるのだろう。無視できないのは田中派の存在で、田中角栄はもちろん、竹下、小渕、橋本とそこから輩出した総理大臣に東大卒は一人もいない。おそらく東大OBと官僚が牛耳る学歴社会に経済力や団結力で切り崩していったのが経世会で、エリートへのコンプレックスこそが膨大なエネルギーとなったのだろう。
子供を持つようになってから、学校のことを考える機会が多くなった。まだ1歳にもならず、歩くこともできない息子だが、それでも幼稚園や小、中学校との距離感が今までとは少し違ってきたように思う。どこそこの幼稚園がいい、小学校がいいと小耳にはさむことが多くなったのは、おそらく同じくらいの歳の子を持つ母親の情報網なのだろう。妻がそれを拾ってきては伝えてくれる。
息子はまだ1歳にもなっていないのだから、末は博士か大臣かとせめてこの時期くらいは夢見たくもなるのだが、残念ながら今の社会はそうもいかない。博士の子は博士で、大臣の子は大臣、それどころではなくスポーツ選手の子はスポーツ選手というパターンが多くなってきた。周りを見渡すと編集者の子が編集者という例も多い。英才教育や生まれ育ちが優位を築く世の中になっているのだろうが、何だか夢がない。せめて高校時代くらいは親の優位を受け継ぐよりも、自分の夢に真剣に相対して欲しい。それが許される時期でもあるのだから。
東大生に頑張って欲しいと思うのだが、きっと彼らは彼らで官僚の子は官僚というスパイラルにはまっているのだろう。 |
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| おおさき・よしお |
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| 作家。1957年、札幌市生まれ。1982年、日本将棋連盟に就職し、雑誌「将棋年鑑」「将棋マガジン」「将棋世界」を手がける。1991年、「将棋世界」編集長。2000年、デビュー・ノンフィクション『聖の青春』(講談社文庫)で新潮学芸賞を受賞。01年、退職して作家に転進。同年、第2作『将棋の子』(講談社文庫)で講談社ノンフィクション賞を受賞。02年、初の小説『パイロットフィッシュ』(角川文庫)で吉川英治文学新人賞を受賞。主な作品に『九月の四分の一』(新潮文庫)、『アジアンタムブルー』(角川文庫)、『ドイツイエロー、もしくはある広場の記憶』(新潮社)、『別れの後の静かな午後』(中央公論新社)、『孤独か、それに等しいもの』(角川書店)、『ロックンロール』(マガジンハウス)、『ドナウよ、静かに流れよ』(文藝春秋)などがある。 |
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