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イギリスの伝説的ロック・バンド、レッド・ツェッペリンの後期の名曲に“ザ・ソング・リメインズ・ザ・セイム”という曲がある。アコーステックかつメロディアスなイントロから始まり、突然にヘビーなリズムのハードロックに移行していく、いかにもツェッペリンらしい重奏でドラマチックな展開の楽曲である。邦題は“永遠の歌”という。この曲に初めて出会ったのは高校3年のときのことと記憶しているが、どうしてあの英語の題名がこのように翻訳されるのかが理解できなかった。セイムという言葉に、広義で永遠という意味があるのかと勝手に解釈して20年以上が過ぎていた。
“歌は永遠に残る”
しかし40歳も半ばを過ぎたある日、私は突然に理解する。ザ・セイムとは文字通り、そのままということなのだ。人は消えてゆき、街の様は移り変わり、時とともに何もかもが変わり果てていく。しかし、歌は歌った時の音が、そのままに残る。だから永遠の歌なのだ。それを理解した瞬間、高校生のときから体の片隅に感じ続けていた、むずがゆさのような感覚が消えていった。
私が通っていた高校のすぐそばに小さな喫茶店があり、たまり場になっていた。授業が終わると、そこに集まってコーヒーを飲んだり軽食で腹を満たしたりしながら、常連の仲間たちと高校生活の憂さを晴らした。カウンターの上にラジカセが置いてあり、いつもビートルズのラブソングが流れていた。ママは20歳後半くらいで、とても美しい人だった。毎日のように集まってきては煙草を吹かしている高校生たちを、弟のような目で見てくれていた。
ある日、その喫茶店で煙草を吸っていた生徒が一斉に補導される事件が起こった。居合わせた10数人が停学を食らった。それから数日後に再び同じことが起こった。そこのママが実は生活指導部の教師の愛人で、情報を吸い上げられたのではないかという、根も葉もない噂が生徒間に広がり、誰も寄り付かなくなってしまい、やがて店は閉鎖された。その前を通るたびに、黒いラジカセから流れていたビートルズのラブソングが蘇り、わけもなく胸が痛んだが、もちろん自分には何ひとつできることはなかった。
この11月に、30年ぶりに高校の近くを歩いてみた。驚いたことに私が通っていた北海道札幌南高校は全面的に建て替えられ、近代的なまったく別の建築物になってしまっていた。小学校も中学校も移転してしまっていて今は跡形もない。この30年という月日の流れは、小、中、高という自分を形成した校舎のすべてを奪ってしまっていたのである。懐かしんでも恋焦がれても、どんなに探してもあの空間はもうこの世にはない。誰が決めたのか、時代の要求なのかわからないが、かつて学んだ校舎はすべて消え去ってしまった。
高校の脇の喫茶店はもちろん姿はなかったが、しかしそのビルは辛うじて残されていた。高校の周りの風景はことごとく様変わりしてしまい、うろたえてしまう。まるで別の街を歩いているようだ。電車通りに面していたはずの校門の位置も変わり、かつて門のすぐ脇にあった小さな美しい教会も消失していた。
もし、変わらないものがあるとすれば、あのラジカセから流れていたラブソングの響き、やはり歌だけは永遠なのだろうか。その歌は今も、周りの生徒に同調してどうしてもあの店に足を踏み入れることができなかった、自分の弱さへの後悔、胸の疼きを思い起こさせる。高校という空間やその周辺は自分にとって捨てがたい特殊な場所であったことに、今更ながらに思い至るのである。
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| おおさき・よしお |
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| 作家。1957年、札幌市生まれ。1982年、日本将棋連盟に就職し、雑誌「将棋年鑑」「将棋マガジン」「将棋世界」を手がける。1991年、「将棋世界」編集長。2000年、デビュー・ノンフィクション『聖の青春』(講談社文庫)で新潮学芸賞を受賞。01年、退職して作家に転進。同年、第2作『将棋の子』(講談社文庫)で講談社ノンフィクション賞を受賞。02年、初の小説『パイロットフィッシュ』(角川文庫)で吉川英治文学新人賞を受賞。主な作品に『九月の四分の一』(新潮文庫)、『アジアンタムブルー』(角川文庫)、『ドイツイエロー、もしくはある広場の記憶』(新潮社)、『別れの後の静かな午後』(中央公論新社)、『孤独か、それに等しいもの』(角川書店)、『ロックンロール』(マガジンハウス)、『ドナウよ、静かに流れよ』(文藝春秋)などがある。 |
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