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| 新しいタイプの学校として2004年9月から制度化された「コミュニティ・スクール※1」。政府の教育再生会議でも、学校評価とも連動させた学校運営協議会※2の活用策が検討課題に挙がっている。「開かれた学校づくり」を実現するために、どんな課題があるのだろうか。 |
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教育改革国民会議※3がコミュニティ・スクール構想を打ち出したとき、モデルとしたのは米国のチャータースクールと英国の学校理事会制度※4でした。両者を日本風にアレンジして、地域と学校とが一体になって運営する新しいタイプの学校を創ろうとしたわけです。
米国のチャータースクールは、保護者や教員らが自分たち独自の教育ビジョンを実現するために設置を求めるものであり、教育に関する自分たちの「自治権」を獲得するという側面を持っています。これは、学校運営に強い権限を持つ英国の学校理事会とも共通する点であり、コンセプトは「地方分権と権限委譲」です。しかし、日本の公立学校では、コミュニティ・スクールの指定を受けたとしても、いまだに国や教育委員会の権限が強く、カリキュラム編成の裁量権も含めた学校の自治・自律にはほど遠い、というのが現実ではないでしょうか。理念の最も中心になる部分が欠けているのです。
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私は毎年、米国のチャータースクールを訪問しているのですが、チャータースクールを評価する際によく使われる言葉に、「あの学校は『学びのコミュニティ』がよく形成されている(いない)」、というものがあります。学びのコミュニティとは、教師と子ども、子どもと子ども、教師と教師が、お互いの信頼関係や尊敬に基づいて共に主体的、能動的に学ぶ関係にある、ということを意味しているようです。コミュニティというとすぐに「地域」を連想してしまいますが、最も重要なコミュニティはまず学校の内部に形成されることです。
「総合的な学習」や進路学習を考えれば分かるように、子どもの学びが活性化されれば、学習の場は必然的に地域へと広がっていきます。学びのコミュニティが形成されている学校だからこそ、地域における学びの関係も同心円上に広がっていく、というわけです。そうした中で、地域の関心が学校に向くように自然となります。学校と地域を人為的に結びつけても、新しい何かが生まれるわけではありません。
日本のコミュニティ・スクールは保護者や地域のニーズを学校運営に反映させることをうたっていますが、そのニーズの「質」が問題です。子どものコミュニケーション力や問題解決力といった社会に出て真に求められる能力の育成を要求して実現させたという経験やモデルが乏しいから、単に先生の話をよく聞く子どもになってほしいとか、大学に進学できる学力をつけてほしい、といったレベルにとどまりがちになるのは仕方がありません。
10年後の社会を考えたとき、次代を担う子どもたちに求められる力とは何か、もっと真剣に考える必要があるのではないでしょうか。そのため教師には質の高いニーズに応える教育実践を提示していく必要があるでしょうし、そうした学校発の動きを支える国の制度設計があってこそ、初めて「日本版チャータースクール」が実現するものと信じています。(談)
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| *2 学校運営協議会 |
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| 教育委員会が指定した学校に設置されるもので、委員も教委が任命する。学校運営や教職員人事について一定の権限を持つ合議制の機関であり、校長は協議会に基本方針を説明し、承認を受ける必要がある。また、教委は協議会の意見を尊重しなければならない。 |
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