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リレーエッセイ:FORZA! キャリアガイダンス@メール
人気作家が考える「高校時代の価値」高校生というアイデンティティー 大崎 善生

 将棋のプロはほとんどが小学校低学年で将棋と出会い、憑かれたようにのめりこんでいく。漢字だらけの難しい定跡書を小学1年生、下手をすれば幼稚園児が読むのには驚かされる。読むことができる数少ないひらがなと、指し手を表す将棋の符号さえわかってしまえば、何とか読みすすめられるのだという。自分に理解できる情報を最大限に利用していくのだ。必要なのは知りたいという気持ちと集中力。なかには大人でも苦労する、古めかしい全集を平気で読む子供もいる。

 そういう子供たちを見ていると天才性には、早熟は欠かせない要素なのだと納得せざるを得ない。小学3,4年のころには、近所の大人では誰も歯が立たないほどに強くなってしまった天才少年。小学3年生で五段なんていう少年を見ていると、決まってどこか老成した雰囲気があるのは不思議な気がする。

 全国の天才少年たちは東京と大阪にある奨励会という場所に集められて、腕を競うことになるのだが、そのときに彼らははじめて気がつくのだ。自分は地方では一番強かったかもしれないが、ここにきてしまえばただの平均的な少年に過ぎないのだということに。そのショックは腰が抜けるほどだという。全国の天才少年をよりすぐって集められた場所が奨励会であるから、それもむべなるかな。天才少年が普通の将棋少年に戻り、そこから新しい戦いがスタートする。

 一昔前の奨励会員は中学を卒業すると将棋に集中するという理由で高校へは通わなかった。高校へ進学しないことが一流棋士になる条件とさえいわれていたこともあった。

 しかしある時期から、その考えは180度変換される。羽生善冶7冠の時代から、ほとんどの奨励会員は高校へ通うようになった。そして高校進学者たちが後にプロとなり続々と成功をつかむようになった。

 その主な理由に、やはり生活の規則正しさがあるのだという。奨励会は月に2日。その対戦結果が自分たちの運命を左右していくことになるわけだが、高校に通っていない奨励会員には、それ以外の膨大な時間をもてあましてしまうようになるのである。ほかの奨励会員が高校へ通っている間に、将棋の研究をすればいいと考えがちだが、現実的にはなかなかそうもいかない。よほど厳しく自分を律しても、どうしても堕落の影が忍び寄ってくるのは仕方ない。それよりも毎朝、必ず7時に起きて学校へ通うというリズムの方が大切で、そのあまった時間をかき集めてのほうが、はるかに将棋の研究にも効率的に集中できるということが、証明されるようになった。

 しかも、奨励会員は説明もできないあやふやな存在だが、高校生は全国どこにいってもそれで説明がつく。奨励会員である前に高校生というアイデンティティ―が、自分の立場を明確にし、気持ちを楽にさせてくれるようになる。規則正しい生活リズムや楽な気持ちは、やがて将棋盤上に反映していくようになる。必要以上に勝ち負けにこだわらない、大らかな指し手や考え方として。

 高校生活の意義が、将棋界では思わぬ形で見直された。そして、それはおそらく高校という意義においてはなかなかに本質的なもののような気がする。翻って私も、小学生のころから小説家を志していた。高校の授業中は、退屈に明け暮れてノートの片隅にいつも詩のようなものを書きなぐっていた。しかし、今考えれば、そのころの退屈と安定は、必要不可欠だったのではないかと思うのである。おそらく、そのような中だからこそゆるやかに成長を続けるもの。そしてそれを育むのも高校という場所の大きな役割であろう。

 
 
  作家 大崎 善生 氏
 
おおさき・よしお
作家。1957年、札幌市生まれ。1982年、日本将棋連盟に就職し、雑誌「将棋年鑑」「将棋マガジン」「将棋世界」を手がける。1991年、「将棋世界」編集長。2000年、デビュー・ノンフィクション『聖の青春』(講談社文庫)で新潮学芸賞を受賞。01年、退職して作家に転進。同年、第2作『将棋の子』(講談社文庫)で講談社ノンフィクション賞を受賞。02年、初の小説『パイロットフィッシュ』(角川文庫)で吉川英治文学新人賞を受賞。主な作品に『九月の四分の一』(新潮文庫)、『アジアンタムブルー』(角川文庫)、『ドイツイエロー、もしくはある広場の記憶』(新潮社)、『別れの後の静かな午後』(中央公論新社)、『孤独か、それに等しいもの』(角川書店)、『ロックンロール』(マガジンハウス)、『ドナウよ、静かに流れよ』(文藝春秋)などがある。
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