ゼロトレランスを日本に導入する際に気を付けなければいけないのは、日米の育児観の違いです。小さい時から厳しくしつけるクリスチャンの伝統が背景にある米国なら「毅然とした対応」だけでもいいのですが、6歳までは放任し、しつけはその後で、という観念が比較的強い日本では、そうもいきません。
だから私は、ゼロトレランスを「毅然としてトコトン面倒を見ること」と日本的に翻訳しています。規律違反に対して、毅然とした態度で対応しながらも、その後は学習や生活面のフォローを徹底的にしていくという視点です。指導に当たる先生も、担任している時だけ一生懸命やればいいという「積み上げ方式」の発想ではなく、18歳までは学校教育でトコトン面倒を見ることを視野に入れ、そこから3年間なり6年間を見通す「逆算の発想」で生徒指導を考えることが重要です。
ゼロトレランスを学校が導入するには、教育委員会がガイドラインを作っておくことが不可欠です。ガイドラインがあってこそ各学校の校長は毅然とした運用ができるのであり、学校任せにしていてはいつまでも「危機」には対応できません。
ますます困難化する生徒指導に対応するには、ゼロトレランスという「仏」を作れば済むものではありません。そこに、毅然としてトコトン面倒を見るという「魂」を入れなければならないのです。(談) |