キャリアガイダンスVol.414
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私は、「知識を蓄えることだけではなく、蓄積された知識を活用しながら自分を変えること。そして自分の周りを変えること」と答えます。 知識は、先人や誰かの経験から借りてくればいい。それより重要なのは、先人の知識や知恵を自分のものとしたうえで、自分自身を周囲にアジャストしていくこと。そして、ある程度、それができたなら、今度は自分の周囲にある仕組みや環境に働きかけ変えていくことだと思います。 なぜ自分を変える必要があるのかといえば、社会のあり方が常に変化しているからです。もはや、どんな場面でも通用する知識・スキルなどありません。変化の激しい社会では、変化に応じて自分の学びをデザインしていくことが求められるのです。 その意味で、一生、食いっぱぐれがないような学問や学部などありません。たまに、「理系は潰しがきく」というフレーズを聞きますが、であるならば家電メーカーで大規模なリストラが行われるのはなぜでしょう。技術革新によって一気に不要になる古い技術など無数にあります。むしろ、旧態依然のスキルに拘泥することが、リスクになるという考え方もできるのではないでしょうか。 思えば、この国では高度経済成長期とその後のほんの一時期だけ、良い大学を出て、良い会社に入れば、一生安泰であった時代がありました。でも、それは遠い過去の一瞬の話。 加えて、高度経済成長期と今が違うのは、健康寿命が延びていることです。しかも社会保障は穴だらけ。少し前の世代であれば60歳までどう生きるかを考えれば何とかなったのに、今は、そこから先が長い。会社や社会が人生を丸抱えしてくれないため、自分自身で次のステージを切り開かなければならない「キャリアの個人化」が始まっているのです。 参考までに、年間1800時間勤務するとして、22歳の若者が60歳になるまで働く時間は単純計算で約7万時間になります。65歳までなら約8万時間。いっぽう、65歳から80歳まで過ごす時間は睡眠時間を除いても約9万時間に及びます。あれほど長時間いたオフィスよりも、さらに長いわけです。高齢化社会とはそういうこと。高齢者が増えて子どもが減るという単純な話ではなく、残りの長い人生をどうやって生きていくか考えざるを得なくなる社会だということです。 キャリア教育の充実が求められるようになり、教育機関では様々な取り組みが行われています。大学のなかには、特定の担当部署をつくり、特任の教員を雇うなどして、キャリア教育の充実をウリにしているところが少なくありません。 けれど、本来、キャリア教育的な指導をするべきなのは、授業においてだと思います。今、学んでいることと社会とが密接に関連していることを教師が折に触れて語り続ける。教科によってやりやすい、やりにくいはありますが工夫はできるでしょう。先生方にとっては、そこが妙味なのでは? 落語でいえば枕を作るようなもの。「今から学ぶことは、こういうことなんだよ」というところから授業に入れば、生徒が関心をもつきっかけになるはずです。人は、「自分に関係があること」「自分でもできること」「社会から求められていること」に意味を見出しやすく、そこに学びの関心が向くのだと思います。生徒の学びに対する関心がぐっと高まるような、ワクワクする授業をこれからも行ってほしいと思います。学びとは、先人の知識を活用しながら自分自身を変えること。そして、自分の周りを変えること教室と社会はつながっていることを語ってほしい422016 OCT. Vol.414

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