キャリアガイダンスVol.414
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取材・文/江森真矢子 撮影/竹内弘真(P7P9)、上野奉文(P8) 高校までの教育数学は、英語や国語と一緒で言葉とシンボル(記号)の理解だと思っています。英語を知っていれば英語の本を理解できるように、言葉とシンボルの理解ができれば数学の本を開いても理解できる。英語だったら言葉を理解するところからやるでしょ、でも数学は問題の解き方ばっかりやるからいくら解いても数学が見えてこない。だから導入にはこだわります。予習は不要なんです。 数学は基礎知識がなくても、どこからでもできます。僕は「この単元ではこれだけのことを身につけたらいい」という提示をしますが「これを知らないとこの単元には入れない」という言い方はしません。ある単元を習うための“基礎知識”ではなく、子どもたちが生活の中で獲得している“既有知識”を活用して自分で学べる。自分がもっている範囲で、精一杯考えることで新しい知識を獲得した、という経験が一度でもあると、もっと自分で知りたい、知ろうとなります。もし加減乗除の概念が必要なら、必要な時に教えてあげればいい。授業で教えるのは知識の系統化、体系化のお作法です。そうして得た知識は自分で活用でき、対象と関わる力になります。 今、世間で「活用」と言われている多くは数学の「利用」に過ぎません。こういう場面で利用されているから勉強しなさい、ではなくて数学の本質に触れてほしい。対象と対峙して、そこで学んだことを後の学習や現実の場面に転移する「自己内活用」ができるのが数学。役に立つから勉強する、という価値観で生徒たちに勉強させちゃダメです。 授業の究極の目標は市民性、公共性を育むことです。目の前の対象とどう関わるか。物事を学ぶことによって対象を見つめ、自分を見つめ、他人を見つめて社会を見つめる。あるものを使って対象と真っ向勝負する能力。それが世の中で生きる本当の力だと思うんです。 鈴鹿高校(三重・私立)岩佐純巨先生 【数学】いわさじゅんきょ●1951年三重県生まれ。高校時代にチャート式参考書の誤答集を作り、教員がその通り間違えるのを見てしめしめと思うような数学少年は、研究者を目指して金沢大学理学部数学科に進学。教育に興味をもったのは、大学時代、高校浪人生を教える予備校で教えたことから。同時期、指導教授を通じて遠山 啓氏の水道方式に出会い、数学教育協議会の勉強会にも参加。東京工業大学博士課程に進んでからは研究の傍ら、予備校講師を生業に。塾経営者を経て高校教諭になったのは89年、39歳で父の死に伴い故郷の三重に帰ってからだった。鈴鹿享栄学園に就職した当初から全員に同じ機会を与えたいという思いで、同僚と音楽室の上下黒板を使い解答と解説を同時進行する“ステレオ授業”を試みるなど、創意あふれる授業を実践。分掌は一貫して進路指導畑を歩んでいる。生徒の学びに対する意欲の差や受け身な姿勢に課題意識をもちはじめた07年ごろから、佐藤 学氏の研究会への参加や、県内の意欲的な進路指導教員との交流も刺激となり学校改革、授業改革に着手。55歳を過ぎてから授業スタイルをさらに大きく変えながらも、一人もとりこぼさない授業、自分の頭で考える授業、数学することそのものに向き合う授業を追求し続けている。「授業」で社会を生きる力を育む【Introduction】 3人の教師が語る、私の授業観72016 OCT. Vol.414

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