キャリアガイダンスVol.415
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言えるように思うのです。 いささか話が広くなりましたが、要するに、それぞれの学校が、それぞれの状況に応じて教育目標を掲げ、その達成に向け、3年間、さらには卒業後のことまで見通して、すべての教育資源・機会をつなぎ、振り返り、見直し続けていくこと。また、主体的・対話的で深い学びのために、学びの場、学ぶ機会をどのようにデザインしていくか。教科の学びの本質を重視しつつ、それらを一つの教科の中だけに閉じ込めず、また管理職や教務担当だけで考えるのではなく、学校全体で取り組むこと。それこそカリキュラム・マネジメントのあり方だと思います。 そう考えると、カリキュラム・マネジメントという言葉こそ新しいものの、発想自体は昔からあったように思います。いま思うと京都市立堀川高校では、言葉は知りませんでしたが、カリキュラム・マネジメントの発想で動いていた気がします。 堀川高校が1999年に探究科を設置し、新生堀川として生まれ変わったとき、「自立する18歳の育成」という最高目標を掲げました。「自立した」ではなく「自立する」。自立に向けて自ら取り組み続けるという意味を込めています。しかし、この言葉をいくら唱えたところで「自立する18歳」には育ちません。どのような場面で、どのようなことをしていくのか。具体的な教育活動として組み立てていく必要がありました。 そこで、後に総合的な学習の時間となる「探究基礎」という取り組みを、他の活動と関連づけられないか考えました。「自立する18歳の育成」にとって重要な、探究する能力と態度を、さまざまな活動をつなぐことで養う相乗効果を期待したのです。 まず、遠足や球技大会、文化祭、体育祭、海外研修などの行事と関連づけることから始めました。さしあたっては1年次の3月に予定している海外研修が最初の山となります。そこで、研修の中身の設計を、生徒からなる委員会に任せることにしました。さらに、「学校が用意するのは飛行機とホテルと安全の半分。残りの安全の半分と研修内容は自分たちで用意しなさい。それぞれが責任をもって」と負荷をかけたのです。 学校としても、安全の半分を確保するために、「生徒同士で連絡を取り合う」とか「自分たちで考えて動く」といった力を育てる必要があります。そんな力は急にはつきませんから、1年かけて計画的・段階的に育成することになります。そのため、入学直後のオリエンテーション合宿をはじめ、遠足、球技大会においても、「学年の親睦とクラスの結束を高める」といった目的に加え、海外研修で必要な力の育成という観点を加えていきました。こうして1年間かけた結果、本番では、冷や冷やの連続ではありますが、それぞれの生徒がなんとか、自分で考えて行動できるようになっていったのです。 単体として終わりがちな行事を、次につなげていく作業は3年次まで続きます。「自立する18歳の育成」という目標に照らして、高校最後の9月の文化祭は、完全に生徒だけで運営することになります。担任は頼まれてビデオ撮影をするだけ。さまざまな困難にも直面しますが、数多くの意味ある負荷を経てきたことで、その後の進路決定も含め、乗り越えられるようになるのです。 そして、卒業式。式後、生徒によって担任の「卒業式」が行われることも恒例となりました。それは、大変に感動的です。 ただ、卒業式で生徒が涙し、「この学校に来て良かった」と言ったからといって安心していてはいけません。卒業式とは、そういうもの。そうした喜びの場面でも、本当に良かったのか振り返り、次年度に活かすのがプロです。カリキュラム・マネジメントとはそういうことだと思っています。 校訓や最高目標をはじめ、さまざまなことを再定義し、共有したことも、今思えば、カリキュラム・マネジメント的な発想でした。「自立する18歳」という言葉も、校訓である「立志・勉励・自主・友愛」とは何かと考えた結果、生まれた言葉です。堀川高校在勤時、そこにはカリマネの発想があったローカルな定義づけによって全教員の共通理解をカリキュラム・マネジメントで生徒が輝く学校づくりなぜカリキュラム・マネジメントが必要なのか?132016 DEC. Vol.415

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