キャリアガイダンスVol.416
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希望の道標取材・文/山下久猛撮影/吉永智彦ひぐち・あき●1989年東京生まれ。2~3歳まで中国・武漢、10~11歳までアメリカ・ボストンで過ごす。単身で中国に渡り、9カ月間の猛勉強を経て北京大学国際関係学部に入学。卒業後、日本の企業で2年間勤務。その後独立して株式会社Selanを設立、代表取締役に就任。帰国子女のバイリンガルお姉さんが子どもに英語を教える「お迎えシスター」を運営している。ひぐち・あき海外で学んだことは間違ってもいいから自分の意見を言うことの大切さ。若いうちに挑戦してほしいですね。バイリンガル事業を展開する経営者/樋口亜希 2014年、勤務していた会社を辞めて、26歳の時に自分の会社を立ち上げました。現在は、帰国子女のバイリンガルお姉さんが子どもに英語を教える「お迎えシスター」を運営しています。その他、中国語講座「Akiの落書きチャイニーズ」とインタビューサイト「belong」も趣味で運営しています。「お迎えシスター」は子どもたちにより多くの選択肢を作りたいと思い立ち上げました。2020年までには機会に恵まれない途上国の子どもたちに、夢ときっかけを与えられる学校の設立を目指しています。 高校時代は結構勉強を楽しんでいて、ほぼ3年間勉強ばかりしていました。しかし、受験では第一志望だった大学に不合格。今思えばもっと女子高生生活を謳歌すればよかったなと思っています(笑)。すべり止めの大学に入学したのですが、自分がイメージしていた大学生活とは違い、なんだか心にわだかまりをもったまま過ごしていました。高校時代から、大学に入ったら1年間は中国に留学すると決めていたので、1年生の前期が終わったタイミングで北京大学の語学学校に入学。そこで一番衝撃的だったのが、みんな自分の夢をキラキラした目で語ること。そんな彼らの姿を見て、「私もここで勉強したい!」と思い、中国語がまったくできなかったのですが、北京大学入学を目指して猛勉強を始めました。寮に入り、朝6時に起きて夜中の3時に寝るまで、毎日15時間の勉強を9カ月続けました。その間、胃腸炎で3回入院しましたが、看護師さんにあきれられながら、なんとか北京大学に合格できました。 でもそれからの方が大変でした。当時、北京大学は学期の成績が3学期連続で平均以下が続くと自動で退学になる仕組みになっていたんです。なので、毎回ビクビクしながら期末試験に臨んでいました。さらに中国はとにかく自己主張しないと生きていけない世界なので、間違ってもいいから自分の意見を言うこと、自分の考えを表現することの大切さを、身をもって教えてもらいました。生活面でも勉強面でもとにかく毎日生きるのに必死でした(笑)。でも、そんな4年間を乗り切ったことで、「この先、自分はどこでも生きていける」と自信をもてるようになったことが、北京大学に入って一番よかったと思う点です。あのまま日本にいたら今の自分は絶対ないと断言できます。北京大学に留学したことはとても大きなターニングポイントになりました。 高校生の皆さんも進路選択を考えるとき、海外の大学も選択肢の1つに入れてほしいんです。自分の意志で海外に出て、世界はこんなに広いんだということを18歳からの数年間で身をもって知ることは、その後の人生にとってとても貴重な経験になると思います。とにかく世界には自分の想像を超えたいろんな人や生き方があるってことを見てほしいですね。日本では、親や先生に自分の意志を聞かれる機会が極端に少ないと思います。小さいころもっていた夢もいつの間にか、受験や就職の話題にすり替わり、本来一番大切にしなくてはいけない、自分を表現するという教育がおろそかになっていると思うんです。高校生の皆さんには今のうちから「自分の心が一番ワクワクすることは何か」ということを真剣に考えてほしいんです。進路は、その夢に向かって突き進むための手段でしかないから。●お迎えシスター→http://omsister.com/●Akiの落書きチャイニーズ→https://www.youtube.com/aki_higuchi●belong→http://www.belong-i.com/32017 FEB. Vol.416

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