キャリアガイダンスVol.417
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希望の道標取材・文/山下久猛撮影/竹田宗司1995年神奈川生まれ。5歳から野球を始め、中学校まで少年野球に打ち込む。高校で一度ソフトボールに転向するが、高1の終わりから野球に復帰。在学中から実業団チーム「アサヒトラスト」でプレー。高校卒業後は介護職に就きながら引き続き野球に打ち込み、2014年には女子野球世界大会日本代表「マドンナジャパン」の代表候補にも選出。音楽にも才能を発揮し、2015年にはシンガーソングライターとしてメジャーデビューも果たす。2016年、女子プロ野球リーグのトライアウトに合格し、「埼玉アストライア」に入団。リーグ優勝を目指して日々汗を流している。女子プロ野球の普及のための活動にも尽力中。かとう・ゆう女子プロ野球選手/加藤 優 私が野球を始めたのは5歳の時。以来、小・中学校と男子に混じって白球を追っていました。 高校でも野球をやりたかったので、女子硬式野球部がある高校に進学したかったのですが、父からの助言とインターハイ優勝常連校のソフトボール部の監督からのお誘いで、ものすごく悩んだのですが、ソフトボールを選択しました。 高校入学後はソフトボールに打ち込む日々が始まりました。ソフトボールも楽しかったのですが、徐々に野球への思いが強くなっていきました。悶々とした日々を送っていたある日、実業団女子野球チーム「アサヒトラスト」の練習を見に行ったんです。当時のチームには女子野球の日本代表選手が何人もいて、女子野球ってこんなにもレベルが高いんだと初めて知って驚きました。それで、この先輩たちの背中を追いかけたい、私はやっぱり野球がやりたいと、その日に入団を決意。高校1年生の11月にソフトボール部を退部して、翌年の2月からアサヒトラストに所属し、野球漬けの日々に戻りました。 高校3年生の4月にはアサヒトラストを運営する会社に就職して、介護の仕事をしつつ、引き続き社会人野球でプレーするという進路を選択しました。私自身が望んだことだったのですが、夏ごろに大学に進学したいなとも思ったことがあったんですよ。翌年から環太平洋大学に女子野球部が新設されることを知り、その大学で野球をやりたいなと。でもその時は既に就職が決まっていたので諦めざるをえませんでした。 アサヒトラストでは4年間プレーして、クラブ選手権で2度も優勝するなど、たくさんいい経験を積ませてもらいました。大学に行けなかったのは残念でしたが、アサヒトラストでプレーできてよかったと思っています。 2015年の秋に女子プロ野球リーグの合同トライアウトを受け、翌2016年に埼玉アストライアに入団しました。絶対にプロになると心に決めていたので合格したときはすごく嬉しかったですね。今はチームのリーグ優勝と、個人的には首位打者、そして女子プロ野球から日本代表選手に選ばれることを目指してがんばっています。 小さい頃からずっと野球に打ち込んできましたし、とにかく野球で上を目指したいという気持ちが強かったので、高校生の頃から将来は野球の道に進みたいと思っていました。それだけにプロになれたのは幸せなことだとは思うのですが、単純に好きなことを仕事にできて毎日楽しい! という感じでは全然ないんですよ。プロの世界はどれだけがんばっても結果を出せなければ意味がない、厳しい世界です。今はまだまだ結果が出せていないのでむしろつらく苦しいことの方が多いんです。ただ、その分、結果が出るとすごく嬉しい。一番喜びを感じるのはチームみんなで努力して試合に勝ったとき。一瞬の喜びだけどそれを追い求めて、がんばっているんです。  高校生の皆さんには、今こうしたいと思っていることがあるなら、それを貫き通してほしいと強く思います。私自身の経験から、本当はこうしたいのに誰かの言葉で変えてしまったら、すごく後悔すると思うからです。それに、自分で選んだ道で壁にぶつかったとしても、自分が決めたことなら最後までがんばれますからね。誰かにやらされるのではなく、やりたいことを見つけて、それに向かって全力で突き進んでほしいです。●埼玉アストライア https://www.saitama-astraia.com/32017 MAY Vol.417

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