キャリアガイダンスVol.417
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てしまう。しかし、自分が感じていることを正しく主張しないと、多文化社会のなかで、真の友人をつくることはできません。今の若い人は、SNSを通じて知り合った知人は多いかもしれないけれど、本当に必要なのは友人や同志。そのためには、きちんと喧嘩して、仲直りをすることです。 価値観や生き方の多様性が広がり、単純には答えが出ない問題ばかりの今、私は「熟議」こそ、日本社会や教育現場に必要だという信念をもっています。熟議とは、多様な当事者が参加し、偏った立場や意見を超え、感じたことを率直に表明しながら対話を続けていくこと。対立が激しく、解がないと思われる問題に、現実的な改善の道を見出す手だてでもあります。 その意義を5つに絞ることができますが(図表)、特に強調したいのが3つ目です。多様な当事者と熟議を重ねると、自分の知らないさまざまな視点があることに気づかされるのですが、実は、自分自身の中にも、いろいろな立場や判断があることにも、同時に気づかされるのです。 かつての工業社会は、男性であれば会社員、女性は専業主婦というように一つのアイデンティティに押し込めてきたところがありました。そうした社会構造下では、対立が生じたとき対話が生まれません。みながみな、一つしかない自分の立場でポジショントークを繰り返すからです。 しかし、人間には本来、さまざまなアイデンティティがあります。アイデンティティズと複数形を使ってもいいくらい。この、自らの中に存在する複雑性・多様性を自覚することがとても重要です。それまで無意識のうちに規定してきた自分の役割が、数あるアイデンティティズの一つでしかないことに気づくと、対立者と思っていた相手にも、同じような悩みや板挟みがあることに気づきます。5つのアイデンティティのうち3つは相容れないけれど、2つ似たところがあれば、そこを膨らますことで、解決への道筋が開けてくるのです。 一例をあげます。一時、存続が危ぶまれた市民病院がありました。今後の在り方を考えるため、経営者や医師、看護師、市職員、市民など多様な当事者が集まった熟議の場で、看護師を代表する労働組合の幹部からこんな発言が飛び出しました。「自分たちの給料を削り、浮いた財源で、不足している小児科の医師を雇おう」 聞けば、「自分は、ここで働く看護師の代表だけれど、同時に、自分や家族も病院の利用者だ。子どもや孫にとっても小児科は必要だ」とのこと。その方には、看護師やその代表者としての顔のほか、患者や患者家族としての顔もある。そこに気づき、多くの葛藤を乗り越えたうえで生み出された感動的なソリューションでした。 この例は熟議によって合意形成がなされたケースですが、必ずしも合意形成することが熟議の目的ではありません。むしろ、世の中にある課題は簡単には合意形成できないものばかり。合意形成しやすい課題、あるいは、前例があるなど簡単に解決できる問題は、AI(人工知能)に任せればいい。では、人間の仕事は何か。それは、AIが「解なし」と結論を下した難題に立ち向かうことではないでしょうか。なぜなら、解がなくても、我々人間は生きていかなくてはならないから。人間の英知が問われるのは、こうした時です。 大切なのは、難題と向き合ったとき、あたふたするのではなく、当事者同士が立場を超えて議論を尽く作るべきは、知人ではなく、友人であり同志簡単には合意形成できない難題に立ち向かい、生きていく図表 「熟議」の意義「熟議」を通して、自らの多様性に気づく「多様性」で拓く生徒の未来【Message】誰もが楽しく生きるために 教育がいま変わるとき332017 MAY Vol.417

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