キャリアガイダンスVol.417
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92017 MAY Vol.417を置かれたとき重要なのは、その後の行動です。どのようなセカンドキャリアを選択するか。ところが、経産省時代に行った調査では、多くのエンジニアが「今働いている分野での未来が見えない」と回答しているにもかかわらず、そのうち約75%が「この分野でそのまま仕事を続けたい」と回答したのです。これをどう解釈すべきか。「まだまだリベンジできる」とか、「将来性がないので、違う分野に転身する」という回答であれば、もともと有能な人材ですから、どこにいてもパフォーマンスを発揮できるはずなのに、新しい分野、新しい企業に移ることを良しとしない固定観念が、可能性を閉ざしているのです。そこに未来が開けているかどうかにかかわらず、一つの会社と添い遂げることだけがまるで価値かのように。 これを模範的とする人は、ジョブホッピングをしている人を軽く見る傾向があります。3年や5年しか勤務しない人を腰掛けと見なし、「会社に骨をうずめる覚悟のない人間とは仕事ができない」となってしまう。確かに、外国人のなかには、日本企業の勤務歴を履歴書に一行加えたいだけの理由で入社する方もいます。しかし、雇用の流動化を前提とし、3年や5年であっても、その間にパフォーマンスを最大限に発揮してもらったほうが企業の利益になるのは自明です。にもかかわらず、そういう人たちに活躍の場を与えようとしない。 この「40年1社勤め上げ」信仰の根っ子には、「学生時代に学んだことで一生食っていく」という、これまた根拠のない信仰が見え隠れします。けれど、4年や6年程度で身に付けた知識やスキルだけで通用するほど甘くはありません。もしかしたら、それが通用した時代があったのかもしれませんが、これだけ技術革新が進むと不可能です。しかも、今ある職業の多くはAI(人工知能)やロボットに代替される可能性が高いと言われる時代、いつまでも学び続けることこそが最善の策です。しかしながら、OECDの調査によれば、高等教育機関で学ぶ25歳以上の割合が日本人の場合極端に低い。今後、働き方同様、学び方の多様さも問われることになるでしょう。 こうした状況を教育現場で話すと、年輩の先生から「では、私たちがしてきた教育は間違っていたのか」と言われることがあります。もちろん、そんなことはありません。終身雇用・年功序列に代表されるこれまでの就業構造を否定するわけでもありませんし、学歴社会や過熱する受験にも一定の役割がありました。大量生産のものづくりの時代においては、労働力の基点が同質性にあったことは間違いありません。価値観や文化の差異に目をつぶってでも、同じ作業を正確無比に反復する技能の習得に傾注することは最適解とも言えました。 そんな社会では多様性などむしろ邪魔であったかもしれません。仮に、昔のような時代に戻れば、「なぜ、みんな単一の価値観の下で効率的に働かないのか」という意見が出てもおかしくないとさえ思います。 このように、良し悪しや、好き嫌いの問題とは関係なく、社会が多様化しているのだから、それに対する備えが必要だ、というのが冒頭の質問に対する私の答えです。 そのうえで、多様性は、私たちに多くの気づきや恩恵をもたらしてくれることも明らかです。そのことを理解してもらうための例として、私の専門分野であるインクルーシブデザインについて説明させてください。 インクルーシブデザインとは、製品開発などのデザインプロセスに、マイノリティと考えられているユーザーを積極的にインクルードする(包み込む、巻き込む)ことで、逆に普遍的なデザインを導くロンドン発のデザイン手法です。通常、多くの製品は、ユーザー像に対する開発者の想像力に依存しており、想定外の使用に脆弱です。例えば、お金を投入口に入れようと自動販売機の前で背伸びをしている小さな子どもや、切符券売機の料金投入口を前に、紙幣と硬貨をどちらに投入すればいいか悩んでいる高齢者など、人々の日常の困難に鋭敏でなければ、製品開発上の解決すべき課題を見つけることはできません。そこで、視覚に障がいがある方や、車いすの方、高齢者など、およそその製品を使わない、使えない方などをリードユーザーとして迎え入れ、個人の行動への徹底した着目から他のユーザーにも共通する課題、なかでも専門家が見落としがちな視点に気付かせてもらうというのが基本的な考え方です。それにより例えば、雨具の開発にあたり、車いすの方の意見を参考にすることで、ベビーカーを押す母親のニーズを満たしたり、片手が不自由な方が食べやすいデザインを追求することで、作もはや「過渡期」などではない異なるものとの出合いがイノベーションを生む「多様性」で拓く生徒の未来【Interview】これからの社会でなぜ「多様性」が求められるのか

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