キャリアガイダンスVol.431
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希望の道標取材・文・撮影/山下久猛 僕の実家「輪島キリモト」は200年以上にわたって輪島漆器、いわゆる輪島塗の製造販売業を営んできました。現在、僕はその八代目として、商品企画、営業、販売、PR、経理など、経営にまつわるあらゆることをいろんな切り口で学んでいるところです。2018年にはIKIという新しい輪島塗のプロジェクトを立ち上げました。 でも、江戸時代から続く輪島塗の老舗の家に生まれたからといって、子どもの頃から実家を継ごうと考えていたわけではありません。確かに親や職人、先生、友人など周りの目を気にして「将来は輪島塗の職人になる」と言ってはいましたが、むしろ、絶対に継ぎたくないと思っていました。なぜならバブル崩壊以降、輪島塗全体の売り上げは年々急激に落ち込み、周りの輪島塗の工房や会社もどんどん廃業していたので、僕の実家も間違いなく潰れると思っていたからです。 将来のことに関しては、特に高校生の頃が一番モヤモヤしていました。家業を継ぐのは嫌だけど、かといって特にやりたいこともなかった。また、能登は独特の閉鎖的な土地柄で、閉塞感を覚えていました。地元が嫌いというわけではなかったのですが、ここに残っていてもすごく苦しい生活が待っていると思っていたので、輪島から出て、東京に行きたいと思うようになりました。そうすれば何かやりたいことが見つかるんじゃないかと。 それで関東の大学を受験したのですが、後期試験の前日に僕の運命を大きく変える出来事が起こりました。東日本大震災です。テレビで呆然と原発事故のニュースを見ながら、人間が人間自身や生活そのものを破壊する物を作ってしまった理由は、自然を無視した思想や世界的な資本主義の流れがある。ならば日本だけではなく、地球全体の課題なので、ちゃんとみんなで向き合って考えなきゃいけない。それができないのであれば働いていても生きていてもおもしろくないと思ったんです。 改めて振り返ってみると、現在の日本には自然の循環に寄り添った生き方をしている人ってほとんどいない中で、輪島塗を生業にしてきた僕の実家はその循環の中でなんとか必死で生き抜いてきたんだなと思いました。ならば現代社会においてもきっと存在価値はあるはず。さらに国内外に対して何らかの有益な意思を伝えられる仕事なんだと気づきました。その瞬間、実家を継ごうと決意したんです。 その後、反対する親を説得して、一浪して日本大学商学部に入学しました。輪島塗を再興するためには世の中の価値を生み出している人や経済を動かす側の人が何を考えてどう行動しているのか、つまりマーケティングを学ばなければならないと思ったからです。この時の学びは今もすごく役立っています。4年生のときには「トビタテ!留学JAPAN 日本代表プログラム」に応募し、1年間、パリで漆器のマーケティングに取り組みました。フランス人は物を買うとき、ブランドなどの外側の情報ではなく、なぜこれが好きなのかといった自分の感性をすごく大事にするんですよ。このときの経験から、ものづくりにおいては自分の感性をしっかり守ることが何より重要で、オリジナルの物語を込めた唯一無二の製品を作っていこうと決意したんです。それが輪島塗再興の道に繋がると確信しました。 高校生の皆さんには「何になりたいか」じゃなくて「どうありたいか」にこだわってほしいですね。日本ではまだまだ他の人と違うことをやらない方がいいという空気が蔓延しています。でも、それだと本当の意味で自分らしい生き方はできないと思います。だから、些細なことでも常に自分の心の声にちゃんと耳を傾けて、今自分はどう感じているのか、どうありたいかを知ってほしいんです。嫌だと思ったら無理に合わせず、嫌だとはっきり意思表示をする。それは勇気がいることでしょうが、自分の感性は自分にしか守れないので、大切にしてほしいと思うのです。1992年、石川県生まれ。江戸時代より漆器製造販売業を営む1992年、石川県生まれ。江戸時代より漆器製造販売業を営む「輪島キリモト」の八代目。東日本大震災を機に実家を継ぐことを「輪島キリモト」の八代目。東日本大震災を機に実家を継ぐことを決意し、日本大学商学部でマーケティングを学ぶ。2016年、大学決意し、日本大学商学部でマーケティングを学ぶ。2016年、大学4年時に1年間休学し、文部科学省「トビタテ!留学JAPAN 日本4年時に1年間休学し、文部科学省「トビタテ!留学JAPAN 日本代表プログラム」に採用され、パリにて漆器のマーケティングを実代表プログラム」に採用され、パリにて漆器のマーケティングを実践。2018年、活動の拠点を輪島に移すとともに、株式会社GOの践。2018年、活動の拠点を輪島に移すとともに、株式会社GOの三浦崇宏氏と一緒に、「科学とデザインの視点で漆を捉えなおす」三浦崇宏氏と一緒に、「科学とデザインの視点で漆を捉えなおす」をコンセプトにした漆器「IKI」を発表。をコンセプトにした漆器「IKI」を発表。きりもと・こうへいきりもと・こうへい自分の感性を何より大切にどうありたいかにこだわってほしい輪島キリモト八代目/桐本滉平2020 FEB. Vol.4313

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