キャリアガイダンスVol.431
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 八重樫先生は、子どもの頃はあまり勉強せず、大学に行く気もなかったという。 けれども、進学した高校に情熱的な先生がいて、乗せられる形で勉強したら成績が伸び、そこから「欲が出て」、美術専攻で教育大学に進むことができたという。 大学卒業後は、教員採用試験を受けるも叶わず、一度は広告代理店に就職。そこから劇場職員を経て教員になった。 新任時代から意識してきたことがある。 「生徒の作品に自分の影が見えるようなことはしたくないな、と思っていました」 例えばある学校では、絵画展で毎年賞を取るような生徒が現れるのだが、画風はいつも似ていて、その学校の美術の先生が転勤すると、今度は異動先から同じような絵が出てくることがあるという。 「技術的なことは生徒から問われれば助言しますが、それよりも生徒に自分なりの表現を見つけてほしいんですよね」 だから八重樫先生は、生徒が自由に作品制作できることを重視してきた。だが、そのやり方ではまだ「学びとしての視点が抜けていた」ということにのちに気づく。 きっかけは、2010年より、道内の美術・工芸の教育課程改善の仕事に携わったことだ。文部科学省から学習指導要領や授業改善に関する説明を聞き、その内容を道内の先生にも研修で伝える役目を担ったのだが、そのなかで、自分の授業も省みることになったという。 「学習指導要領には『見て感じ取ったことや考えたこと』や『目的や機能』を踏まえて主題を生成し、発想や構想したことを基に表現方法を工夫しながら主題を追求する、とあります。例えば自画像の授業は『自画像の描き方』だけ学べれば良いのか。『どんな自分を描くか』を構想するところから始めれば、生徒は自己と向き合う経験をし、その描きたいことを実現するにはどういう構図にしてどんな技法を使えばいいか、という表現の仕方も自分で考えるようになり、より多くのことを学べます。自画像をただ自由に描かせる授業では、やる意味を示さずに『やらせている』に等しかったと痛感したのです」 今では生徒にも意識的に伝えている。「美術の授業では、絵がうまいとか、表現の技術だけを評価するわけではないよ。どんな作品を創るのか、発想を広げることや構想を練ることも大事にしよう」と。授業ができるまで教員からの受け売りではなく自分の表現をできるように表現だけを磨くのではなく構想する力も鍛える授業に自画像の下絵を見せ合う授業ではワークシートも活用。「自分」や「未来」の表現について、および作品全体について、他の生徒から意見をもらい、改善点を考えた。HINT&TIPS1答えのない美術の授業で、生徒に自分なりの構想や表現を求める年度当初に生徒には「美術は『答えのない教科』だ」と言及。どんな作品にするか構想を練ることも、そのイメージをどう形にするか表現することも一つの正解はなく、「答えは自分の中にある」と伝える。その意味を生徒全員がすぐ理解できるわけではないが、年間の活動を通して実感してもらうことを目指す。2初回から生徒の実態把握に努めアドリブを辞さずに授業を組み立てる初回の授業では「中学校の美術ではどんなことをしたか」というアンケートも実施。その実態を踏まえ授業内容を調整する。また、昨年や前回までの反省を踏まえ試行錯誤も加えるので(例えば自画像のマンダラートは昨年から導入)、八重樫先生の授業は緻密なようで、実はアドリブによるライブ感を大事にしている。3教員自身の勉強や試行錯誤を通して遊びのある創作活動や振り返りを行う作品の構想や振り返りを、毎回同じ手順で行ったら味気がなく、やらされ感が強まりかねない。八重樫先生は手を変え品を変え、遊びのある創作や振り返りを行おうとしている。そのために、芸術家の取組から学び、全国の美術関係者が多く集まる「美術による学び研究会」にも参加し、授業でも試行錯誤を続けている。4目の前の生徒に関連しやすい題材を授業の学習活動に取り入れる北海道出身の彫刻家、安田侃の「こころを彫る授業」の取組を本人の了承も得て授業で行い、自画像の授業では北海道で活躍した画家、神田日勝の自画像の鑑賞から入るなど、生徒が接点を感じやすい題材を活用。その作家の作品がある近隣施設に生徒が足を運ぶなど、芸術への関心が高まることも期待している。■ INTERVIEW 八重樫先生は美術の授業で、「習ったことを再生する」のではなく、一人ひとりが「想像力を働かせて表現する」という取組をされています。記憶の再生ではいずれAIが人間を上回るはずで、想像力は今後ますます重要になると思うんですね。しかも想像力をもって生み出した絵や彫刻を、教員が評価して終わるのではなく、生徒自身が整理・分析し、別の表現をしてみるという探究的アプローチもされています。国語の教員として私も関わった「生徒が砂絵を制作し、その作品を挿絵とする私小説にも挑む」という授業のように。そこがまたすばらしいと思うのです。 私自身、他教科とのコラボが好きで、これまでに音楽科や英語科、地歴公民科の先生とご一緒してきました。八重樫先生とも「あれ面白いね」「実はこんなことも考えていて」「そこは国語科で担えるよ」と会話するうちに今回の授業が生まれました。今後も連携を深め、言語をイメージに、イメージを言語にするような取組を広げていけたらと思っています。国語科山崎圭志先生教科の枠を超えて生徒の想像力、表現力を磨く「未来を見つめる自分」をテーマにした油絵の自画像では、下絵として水彩画から制作。その下絵がある程度完成した時点で、グループでお互いの作品を見せ合った。582020 FEB. Vol.431

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