カレッジマネジメント189号
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25試の受験を奨励し、また、大学が提供するカリキュラムに改編の余地がないのかを検討することで合格率は大きく上昇した。興味深いのは、学内に流布しているいくつかの言説に何の根拠もないことが、IRによるデータ分析から明らかにされたことである。例えば、推薦入試やAO入試で入学した学生は、学力入試による学生よりも留年率や退学率が高いという言説はしばしば耳にするが、日本福祉大学に関しては該当しない。留年率・退学率は、学力入試を経て入学した学生のほうが高い。また、大学入学時の志望順位の高い学生のGPAが高いという言説も、見事に覆された。どの学年においてもGPAが最も高いのは、志望順位が第3志望以下の学生であり、GPAが最も低いのは第1志望の学生なのである。なぜ、俗説と異なる結果がでるのかがさらに追究され、これまでの教育のあり方が再考されることになる。このように数々の問題の提起がIRによってなされ、それに対する支援や改革がなされたが、それによって問題はどの程度解決され、どの程度の成果が出たのか。丸山理事長は、こうした問いに対して冷静である。「確かに、各種の学生支援を実施したことで、入学年度を起点とした4年間での卒業率は79.1%から81.8%、同就職率も64.9%から72.1%に上昇した。資格試験の合格率も上がった。しかし、これらはあくまでも結果であって、学生支援策による直接の効果であるとは言いきれない」。IRによって問題の所在を明らかにはできるが、直接的な問題解決を導くものではないということをわきまえての発言である。こうした客観的なスタンスが、問題の発見や提起というIR本来の機能の発揮につながり、結果的にIRが大学経営の指針を得るために欠かせないものになっていると考える。問題を内発的に発見するIRへIR推進室発足後5年ほどを経て、IRは学内の教学課題解決の手段として定着した。大学認証評価の大学基礎データをベースとしながら大学独自の評価指標データも加えた経年比較のできる図表資料として「FACT BOOK」を発行している。また、2015年度の看護学部開設、その後のさらなる領域拡大の検討段階でもIRの示すデータが活用された。今後は学内のみならず、外部に対するアピールとしてもIRを活用していく。第2期の認証評価や大学ポートレートについてはIR推進室設置以降の各種のデータの蓄積により、十分に対応できると自負している。受験生に対してはアドミッションポリシーを明確にし、入学者のミスマッチを極力減らすことに、IRによる分析結果が用いられるようになった。具体的には、ある高校から送り出された学生の、その後の履修状況や卒業後のキャリアを分析し、高校訪問やオープン・キャンパスの際に提示して説明することで、より大学のミッションに沿った学生を募集しようとしている。いわば、日本型のエンロールメント・マネジメントである。今後の課題はという問いかけに、丸山理事長は、「例えば国家試験の合格率が上昇したりすると、IRに対して関心が向かなくなる。それでよしとしてはだめで、IRを用いて、問題を内発的に発見するサイクルにもっていくことが課題。組織に厚みをもたせるためには、政策課題のプライオリティの中でIRを有効に活用できる仕組みづくりが課題となる」と話される。また、齋藤総合企画室長は、「IR推進室に、全てを丸投げするような状態にならないように進めていくことが必要である。現場の考えを裏づけたり、現場の思い込みを正したり、現場とのキャッチボールをしながら、現場と経営・教学の上層部の教職員が一丸となり適切な政策が立案され実行されていくことで、IRに対する学内での信頼関係をさらに高めていくことが重要と考えている」と語られる。恐らく、日本福祉大学で意図されているIRとは、バックグラウンドで常時こつこつとデータ蓄積をして分析を重ね、要望には即刻に対応し、問題が生じる気配をいち早く警告するようなシステムではないかと推察する次第である。普段はあまり表立たないが、それがないと大学経営に支障が出るといったシステムと言って良いかもしれない。日本の大学では、IRというだけで特別な活動をしているように思われるふしがあるが、特別である限りは必要な要素にはならない。日常になっていることこそが、IRが不可欠になったことの証左であろう。リクルート カレッジマネジメント189 / Nov. - Dec. 2014(吉田 文 早稲田大学教授)IR特集 戦略的意思決定を支える※GPA…各科目の成績から特定の方法で算出された成績評価値

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