カレッジマネジメント204号
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著者の一人アキ・ロバーツ氏はウィスコンシン大学ミルウォーキー校のアソシエイト・プロフェッサーである。生まれは日本であるが、早くからアメリカにわたり、そこの高校を卒業し、ニューメキシコ大学で犯罪学・統計社会学を専攻し、社会学博士の学位を得ている。他方もう一人の著者である竹内洋氏は長年京都大学で教育社会学の主任教授として活躍し、『革新幻想の戦後史』、『教養主義の没落』等の名著で知られた著名な教授である。この二人が相互に疑問を出しながら、アメリカの大学を表ばかりでなく、その裏面を含めて論じたのが本書である。副題に『「世界最高水準」は危機にあるのか?』というタイトルがつけられている。アメリカの大学というと、それだけで美化されることが多いが、本書はそうした美化を避け、ありのままの姿を描き出そうとしている。例えばアメリカの大学に見られるテニュア制度、いったんある地位に昇進すると以後は定年まで首を切られる心配のない制度(終身在職権という)が取り上げられている。一頃まで日本ではアメリカを学べという風潮が強かった。その時話題になったのは、アメリカの大学では教授といえども、首を切られることがあるという仕組みだった。将来首を切られる心配のないポストは、傍から見ると羨ましく見える。大学教授はこの終身在職権に守られているから怠ける、遊んで暮らせる、学問を放置しても誰からも文句を言われない、等々、様々な言説が横行した。しかし日本でこういう言説が流れた当時から、いったん教授に昇進すれば定年まで首は切られないという「テニュア制度」のあることは、知る人は知っていた。しかし時代の潮流はそんな細部は無視して、大学教授も首にできる制度を作れという雰囲気が濃厚だった。しかし事情を知っている人から見れば、いつでも首を切られる大学教員とは准教授等のキャリアの浅い教員の場合だけだということは知っていた。一定程度の実績を積み上げ、学問的な評価の定まった教授は、定年まで首の心配をせずにじっくり腰をすえて学問してくれという仕組みがあった。しかし世間は終身雇用制等、学問を腐敗させる諸悪に根源とばかり、任期制導入を求める声は高かった。中には全員いったんは首を切れといった威勢のいい論まで登場した。本書でも、アキ・ロバーツ准教授はこのテニュア制度が大学教授に対する風当たりが強くなる一因だとしている。学問を根気強くやるには安定したポストが必要。しかしいったん安定したポストを与えてしまうと、怠け癖がつく。このジレンマをどうやって解くかは世界中の大学が抱える問題で、名案があるわけではない。常に話題となりながら、名案がないまま今日にいたっている。本書ではこのテニュア制度をめぐる様々な細部が語られている。またアメリカの大学で目下大きな課題となりつつあるのが、授業料の高騰である。その高騰ぶりは日本から見ると、驚くばかり。また18歳人口の減少とともに、授業料を高めなければ経営が立ち行かず、授業料を上げると学生が集まらないという、おなじみのジレンマが報告されている。アメリカでは営利大学が出現してからかなりの年月が経つが、営利大学もまた閉校されるところが出ているという。今まで敢えて触れなかったが、アキ・ロバーツ准教授とはほかならぬ竹内洋教授の長女である。日本に帰国するたびにアメリカの大学が話題となり、こうした親娘対話から本書の構想が生まれたという微笑ましい情景が本書の末尾に書き込まれている。アキ・ロバーツ 竹内 洋著『アメリカの大学の裏側』(2017年 朝日新書)テニュア制度への根強い批判とジレンマ営利大学でも閉校するほどの授業料高騰

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