カレッジマネジメント208号
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21リクルート カレッジマネジメント208 / Jan. - Feb. 2018というと、他者とのコミュニケーションが苦手な学生もいるのではという邪推を、蔡学長は一笑に付したうえで、こう続けた。「むしろ理系の学生は研究成果の発表が多く、喋るのが苦手などと言っていられません。特に本学ではそうしたプレゼンを重視しているので、徹底的に叩き込まれます。国際学会での発表を経験することもあるので、英語力もまた然りです」。何より、蔡学長ご自身のプレゼンテーションの妙に、その言葉の真意を得心した。このような実験・実習と研究重視の教育プログラムを通じて、学生たちが成長している様子について、蔡学長は、「本学は偏差値が高い大学ではないため、入学時点では、高校までの教育で偏差値により区別されてきた学生、自分はできないと線引きする癖がついてしまった学生が多いのが実情です。本来の可能性はもっと先にあるかもしれないのに、便宜的に引かれたラインのせいで『自分はできない』と思い込んでしまう。そうした学生に対して、研究を通じて自分でPDCAを回せるようにし、自らを発見する機会を与える。自分の成長も限界も、入学時点よりもっと先にあることに気づき、主体的に学ぶことでできる自分を再発見していく。そのプロセスを研究第一の方針のもと磨いているので、満足度もとても高いのです」と説明する。研究中心の大学の強さが、質の高い教育を実現し、学生の成長と高い満足をもたらしているのである。それでは、このような高度な研究に基づいた質の高い大学教育を、どのように学生募集につなげているのだろうか。長浜バイオにおいても、3つのポリシーは当然、策定・公表されている。しかし、高校生に馴染みにくい3つのポリシーによって、バイオや大学の特徴を伝えることは難しいと考え、入試要項や大学案内では「長浜バイオ大学の約束」として、以下3点を示している。①質の高い知識を主体的に学ぶことができる自分の再発見を約束します。②世界トップレベルのバイオ研究を通じて調べる楽しさを約束します。③学んだことを他人にうまく伝える楽しさを約束します。大学の特徴を高校生に分かりやすく示すとともに、「この大学がどういう人を作るのか」「私はどうなれるのか」を伝える内容だ。保護者はどのように就職できるのかを重視し、高校は入学後に成長できるのかを重視する。「長浜バイオ大学の約束」は、受験生・保護者・高校といったステークホルダーに対して、それぞれの価値観に即し、大学の特徴と方針を分かりやすく伝え、大学の在り方を示すものと言えるだろう。見てきたように、長浜バイオの強さを一言で表現すれば、「建学の精神に基づいて大学の軸を定め、それに沿って教育研究のさらなる高度化・充実が図られていること」と言えるだろう。このことは簡単なように見えて、実現することは容易ではない。社会に対して価値とするべき点をぶらすことなく、その実は時代と社会の変化の中で古びることなく、常に変化に対応することが求められるためである。蔡学長は大学の将来構想について、「今後は社会の要望と技術革新に対応し、どの学科でもデータサイエンスに対応できるバイオサイエンス人材の育成を掲げ、ビッグデータとデータマイニングを中心に、学部共通プログラムにデータサイエンスを取り入れ、必要であれば、学科改組や教育プログラムの全面改訂も考えていきます」と構想している。AIの発展が社会を大きく変化させることが様々なかたちで議論されているが、今後AIをうまく活用するために、あらゆる分野で「どのようなデータをAIに教えるか」を設計できる人材、AIを通じて「どのようなデータをとれるのか」について専門知識を持つ人材が必要となる。バイオ関連領域も例外でない。むしろ、生命に関わる膨大な情報を扱うバイオサイエンスは、データサイエンスの影響が最も大きい分野である。しかし、今後、データサイエンスを理解したバイオ専門人材が圧倒的に不足するであろうことに蔡学長は危機感を抱いており、バイオサイエンスの最先端を担う大学として、社会の変化にスピード感を持って組織的に対応する必要がある。建学の精神やガバナンス改革によって、その基盤は確立されているのは見てきた通りだ。2017年に滋賀大学にデータサイエンス学部が設置され、今後、長浜バイオがバイオ領域でデータサイエンスを取り込んでいくことで、琵琶湖畔は将来的に、日本のデータサイエンスの先端エリアを形作っていくかもしれない。小規模大学でありながら、むしろ小規模であるからこその強みを自負する長浜バイオの動向が、今後の日本に与える影響は、決して小さくないだろう。建学の精神に基づいた将来構想(白川優治 千葉大学 国際教養学部 准教授)特集 小さくても強い大学の『理由』

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