カレッジマネジメント208号
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49リクルート カレッジマネジメント208 / Jan. - Feb. 20182点目は、若手教員の間で教育活動を中心とした労働時間が長く、現職への満足度が比較的低い点である。週単位の教育にかける時間数を年代別に見ると、20代から60代までの全ての年代で10時間以下と答えた教員が多数(42.7%)であるなか、比較的若い教員は長時間を教育活動に費やしている。特に20代の教員に至っては、週11〜20時間を教育にかける教員が46.3%と最も多く、なかには51時間以上を費やしている者もいることが明らかになった。3点目は、工学・農学の分野において教員の現職への満足度が低く、教育の質向上や国際的な学術誌へのアクセス等にも問題がある。分野別に教員の満足度を見ると、社会科学、自然科学、保健科学・医療、美術の諸分野では自らの職に対して「非常に満足している」と回答した教員が多数であったにも拘らず、工学と農学の分野ではその割合が17.5%と23.8%であり、教員の満足度が低い。4点目として、カンボジアの多くの大学では、研究時間や研究に必要な資金、施設、人員等の面で、研究が活発に行われるための体制が整っていない状況が明らかになった。例えば、私立大学では研究活動よりも教育活動に費やす時間が長く、地方の公立大学でも教員が大学の事務作業や社会貢献活動に多くの時間を費やしていることから、研究に十分な時間をかけることができていない現状が窺える。ここで紹介した研究結果が示唆するように、カンボジアの大学教員達が置かれている状況には多くの課題があり、教育と研究の質を向上させることは容易ではない。もちろん、経済状況への過度の不満や研究活動への低い動機等、教員自身にも問題がある。しかし、厳しい現実に直面しつつも、多くの大学教員は教育者や研究者としての役割を果たすために日々努めていることも事実である。小論で概観したように、近年、急速に拡大しているカンボジアの高等教育セクターにとって、教育と研究における質の向上が喫緊の課題である。それは、カンボジアの労働市場が求める人材の育成に対応していくことにも繋がる。しかしながら、高等教育の担い手である教員今後の高等教育改革の方向性達は厳しい環境に置かれており、十分な改革を進めていくことが難しい。このような現状ではあるが、改善の兆しも見えている。例を挙げると、先進諸国の開発援助機関や大学からの支援を受けながら、2000年代から徐々に教育環境の整備が進められている。一部の大学では、学部レベルのみではなく、大学院レベルでもそうした環境整備が行われており、新しい大学院プログラムが次々と開設されている。また、社会で求められている人材という観点からは、上述の工学系人材が代表的な職種ではあるが、それ以外の分野でも、例えば学校教育の拡充に伴い質の高い教員に対する需要が拡大している。そうしたなか、日本の国際協力機構(JICA)は現在、教員養成大学(Teacher Education College)の設立支援に取り組んでいる。また研究面でも、特に公立大学のなかには独自の研究資金を確保し、教員達が自主的な研究活動を行うことを支援しているところが出てきた(例えば王立プノンペン大学や王立工科大学にこうした研究資金制度が設けられている)。2015年末に設立されたASEAN共同体の3本柱の一つである社会・文化共同体の『ブループリント2025』の中で「アイデア、知識及び技術の自由な流れの促進、科学技術・創造的分野における教育カリキュラムやシステムの強化、クリエイティブ産業への支援、高等教育機関の質と競争力を高めるための地域的・世界的な協力強化」が謳われており、カンボジアとしても高等教育改革を進めることによってASEAN地域で必要とされている人材の育成を促進することが欠かせない(ASEAN日本政府代表部、2016)。今後の高等教育改革を通して、ヴィジョン2030やASEAN共同体のブループリントで掲げられている理念へ向かって、行程表で示された計画を着実に実現していくことができるのか、見守っていきたい。※1ユネスコ統計研究所のデータベース(http://data.uis.unesco.org/)よりデータを入手した。※2政府の認可を受けた「大学」という意味である。大学を名乗りつつも、政府の認可を受けていない教育機関のなかには、パンニャサストラ大学よりも前に全ての講義を英語で教えていた機関もあるが、それらは小規模な専門学校等である。<参考文献>ASEAN日本政府代表部(2016)『ASEAN 社会・文化共同体(ASCC)ブループリント 2025』(http://www.asean.emb-japan.go.jp/asean2025/asean2025_blueprint-ascc.pdf)Yuto Kitamura and Naoki Umemiya (2013). “Survey on the Academic Profession in Cambodia”, The Changing Academic Profession in Asia: Teaching, Research, Governance and Management. Hiroshima: Research Institute for Higher Education, Hiroshima University, pp.71-88.

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