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JICAから市の職員に。東京→アフリカ→岩手で働いて感じたこと

JICAから市の職員に。東京→アフリカ→岩手で働いて感じたこと

みんなは将来、どこで働きたい?
 
東京→アフリカ→岩手と働いてきた人に、それぞれの場所で何をしてきて、どんなことを感じたかを聞いてみた。
 
どこで働くのがおもしろそうだろう?
 
 
 

東京は情報や人が集まるので選べるオプションが多い!

 
お話を聞いたのは大林孝典さん。
 
JICAから市の職員に。東京→アフリカ→岩手で働いて感じたこと

経営大学院卒業時

 
大林さんは高校生のころ、世界で働くことにあこがれていた。
 
だから大学を卒業すると、開発途上国の支援にかかわるJICA(国際協力機構)に就職した。
 
最初は東京本部で、開発途上国に向かう人の研修を手伝う仕事をしたそうだ。
 
JICAでは青年海外協力隊や専門家を世界中に派遣している。
 
その人たちにまず国内の研修で、国際協力の基本を身につけてもらうのだ。
 
JICAから市の職員に。東京→アフリカ→岩手で働いて感じたこと

経営大学院の仲間と

 

「当時よく考えたのは『人はどうやって学ぶんだろう?』ということでした。
 
長い時間をかけて練られた研修プログラムもありましたが、途上国で成果を出せるかは結局派遣する人の元の能力頼みなところがまだ強いと感じて、よりよい研修にしたかったんです。
 
部署のみんなで勉強会を開いたり、外部の講演会に参加したり、人材マネジメントを学ぶために社会人大学に通ったりしました。
 
東京のいいところは、情報や人が集まっていることだと思います。
 
何かに興味があるときに、イベントから専門機関まで、選べるオプションがいっぱいあるんです」

 

海外で働くと自分のキャパを広げて成長できる!

 

6年目、いよいよ自身も念願の海外へ!
 
向かうことになったのはアフリカのタンザニア。
 
JICA事務所は、ダルエスサラームという高層ビルが並ぶ一大都市にあった。
 
かと思えば国内には、いまだ水道も井戸もなく、川の水で生活するしかない地域もあった。
 
大林さんは現地の人と一緒に、水問題を考えることになった。
 
JICAから市の職員に。東京→アフリカ→岩手で働いて感じたこと

タンザニアサッカー仲間

 

「蛇口をひねれば水が出る生活にみんなあこがれています。
 
でも、日本ほど水資源は豊富ではなく、国土は日本の約2.5倍と広大。全土にいきなり水道を引くのはお金の面からも困難でした。
 
そこで優先度の高い地域から井戸を200~300本ずつ造る計画を立てるのですが、実は国内には、せっかくつくった井戸が2~3年で使われなくなったケースもあるんですよ。
 
それはなぜだろう?と現地をまわって調査をして、どうすれば長く使われる井戸にできるかを話し合い、対策を新しい井戸の計画に反映させました。
 
タンザニアには時間におおらかな人が多く、会議が1時間遅れで始まることも日常茶飯事でしたけど(笑)。
 
海外で働くおもしろさは、日本の常識が通用しない世界を体感できることだと思います。
 
そんな中で、色々な関係者と話し合いを重ねながら、一つのゴールに向かって階段を少しずつ上っていく。
 
自分のキャパが広がったと思います」

 

地方の良さはずっと地元にいるとわからない!?

 
JICAから市の職員に。東京→アフリカ→岩手で働いて感じたこと

ゆでたてメカブにかじりつき

 
2年半の赴任を終えて日本に帰国したあとで、大林さんはJICAを辞めて転職した。
 

「JICAの職員は海外や国内の部署を数年ごとに異動します。
 
それがいろいろ経験を積める良さでもあるのですが、タンザニアの水問題のように、結果が出るまで時間のかかるプロジェクトに最後までかかわれないのが残念で。
 
もっと一つの土地に根をおろして、当事者意識を持って仕事に取り組みたくなったんです」

 
選んだ勤務地が、岩手県陸前高田市だった。
 
大林さんが、学生時代にアカペラサークルの遠征で訪れたのを機に、何度も通うようになり、「第二の故郷」と思うようになった場所。
 
JICAから市の職員に。東京→アフリカ→岩手で働いて感じたこと

夫婦で震災前に陸前高田と訪れたときの一枚

 
同じくJICA職員だった妻と話し合って、共に辞めて移り住んだ。
 
現在、大林さんは、市役所職員として、陸前高田市の企画部商工観光課で働いている。
 

「陸前高田の暮らしは豊かだな、と思うんです。
 
恵まれた自然、その自然から取れる食、人のあったかさ。
 
仕事から帰るとご近所さんが取れたてのウニをおすそ分けしてくれたり。
 
でもこうした良さは、ずっと地元にいたら当たり前すぎて感じにくいんですよね。
 
一度外に出た人や、外から来た人のほうが、その地域の良さが見えることがあるんです」

 
JICAから市の職員に。東京→アフリカ→岩手で働いて感じたこと

大学生とコラボした市内飲食店等のメニュー英語化プロジェクト

 
そこで今は、陸前高田を海外の人を含めて誰にでも「訪れやすい」「住みやすい」まちにしようと、交流プログラムを進めている。
 

「でも交流は外の人だけが盛り上がっても意味がありません。
 
地元の中から続けたいという声が上がるような交流でなければ、長続きはしません。
 
例えば海外の人との交流では、『地元の中高生が生きた英語を使い視野を広げる機会が増える』『地元の特産品を海外にも広められる』といった具体的なメリットが見えてくることで、関係者が本気になってきています。
 
みんなで外の人を歓迎して、交流を楽しみながら自分たちも成長していく、そういう機運をまち全体で高めていきたいです」

 

どこでも楽しく働ける人にはどうすればなれる?

 
結局、大林さんは、東京でもアフリカでも岩手でも、どこでも楽しく働いているような。そのコツはいったい?
 
JICAから市の職員に。東京→アフリカ→岩手で働いて感じたこと

大学やJICA時代のご縁で多くの人が岩手に訪ねて来てくれる

 

「うーん…。仕事が楽しいかは『やりたい仕事ができているか』によると思うんです。
 
でも、入った職場でやりたい仕事を必ず任せてもらえるとは限らないですよね。
 
だから『自分で仕事を創る』力をつけていけば、やりたいことができておもしろくなるのかな、とは思います。
 
僕にその力が十分あるかというと自信ないですが、どの職場でも『新しいものを生み出そう』とはしてきました。
 
ここの課題は何かなと考えて、それを解決しようとチャレンジをして」

 
JICAから市の職員に。東京→アフリカ→岩手で働いて感じたこと

寿司握り体験など、地域の人との交流を楽しむ外国人旅行者

 
なるほど。
 
やれと言われたことだけをやるよりも、その場その場で自分からも何かを生み出そうとしたがほうが、うまくいかないことはあるけれど、ウキウキできることが増えて、どこでも楽しく働ける人に、少しずつなっていけるのかも。
 
みんなも将来、いいなと思う職場がみつかったら、そこに「どうやって入るか」を考えることにプラスして、「そこで自分は何を生み出したいか」も考えてみては?
 
こうすればもっといいものができそう、とか、こうやればみんなを喜ばせることができそう、とか。
 
小さなことでも自分発のやりたいことが浮かんだなら、目指したい職場で楽しく働けそうな予感がますます強まると思う。

 
 

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松井 大助 フリーライター

松井 大助

1976年3月生まれ。「働くこと」「学ぶこと」「遊ぶこと」ってどういうことかに興味があって、ライターとして追っています。世の中の人がどんなときに幸せを感じたり、何に力をもらったり、どんなことを乗り越えようとしているのかを知りたいです。

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