■ 親鸞の教えについて考察を深めながら、「自己とは何か」「人間はいかに生きるべきか」を見つめていく。
| ■募集人数 | 70人 |
| ■初年度納入金 | 2012年度納入金 123万3000円 |
■ 親鸞の著作を読みながら「自己とは何か、人間はいかに生きるべきか」人生の根本問題に向き合う
人々の真の救済に生涯をかけた親鸞に学ぶのが真宗学だ。「教行信証」「歎異抄」といった著作・語録をもとに、親鸞の思想や浄土真宗の思想的伝統について考察を深めていく。真宗学を学ぶことは、すなわち、人間をその根底から理解することにほかならない。学ぶ領域は哲学や倫理学、歴史学、文学などあらゆる分野に及ぶ
■ 「人間とは何か」「自分とはどういう存在か」を考える「人間学」を基礎にしたカリキュラム
大谷大学のカリキュラムは「人間学」を基礎においている。どの学科に所属していても人間を真剣に見つめる姿勢が必要だ。ここで身につけたことは、全ての学問の基礎となり、また、これからの人生で大きな指針となるにちがいない
■ 現代を生きる私たちにとって「真宗」はどういう意味をもつのかを考える
1173年に京都の日野の里で生まれ、9歳で出家し、比叡山で修行をはじめた親鸞。29歳で山を下り、法然の弟子として学んだ後、流罪、妻帯、弾圧など波乱に満ちた生涯を送った。その一生を真宗学の基本的な文献を読むことによって見ていくとともに、民衆に教えを説いていった真意は何かなどを具体的に確かめていく
■ 親鸞における救済の意味と体験、その自覚構造を尋ねる
親鸞の生涯と教えにとって「救済」とは何だったのだろうか。その意味を、彼自身の体験と思想から探っていく。救われるべき人間とは何か、また人間を真に成就し救済する真実の法とは何かをテーマにして、真宗仏道の本質を学んでいく
■ 親鸞の言葉を通して生きる立脚地を確かめる
「空過」と書いて“くうか”と読む。「空しく過ぎる」という意味だ。これは目先の利害や自己中心的な享楽を追い求め、結局は真剣に「生きる」ことの意味を一度も考えずに過ごしている私たちのあり方を言い当てる仏教の言葉。人としての生き方を問い続け、空しく過ぎることのない人生を求めたのが親鸞なのだ
■ 図書館や総合研究室などが一体化した響流館には、学習をサポートしてくれる助教が常駐
響流館は図書館、総合研究室、博物館、メディアホール、ギャラリーなどから構成。これらが有機的に連携し、大谷大学の教育と学術研究の総合拠点として機能している。特に、総合研究室には助教が常駐し、学生の質問や授業の課題などの相談に親身に対応してくれる








