  
●3年間かけて興味・関心から体験学習を重ね、夢の実現を図る「ドリカムプラン」
- 進学2番手校に異変
- 新しい皮袋には新しい酒を
- 同校の学校改革の理念に
●ドリカムプラン
●3年間かけて興味・関心から体験学習を重ね、夢の実現を図る「ドリカムプラン」
進学2番手校に異変
「ドリームズ・カム・トゥルー」を略して「ドリカム」といえば、高校の進路指導関係者の多くは福岡県立城南高校の「ドリカムプラン」を連想するだろう。それほどドリカムプランは進路指導の改善、キャリア教育や総合的な学習の時間の先取りとして有名な存在であり、「進学指導から進路学習へ」「偏差値から志望値へ」という言葉も同校のドリカムプランを通して全国に広まっていった。そもそもドリカムプランはどのようにして生まれたのか――。
福岡市の一部をエリアとする第7学区には、県内随一の歴史と進学実績を持つ県立修猷館高校があり、その中で城南高校は熱心な進学指導による「鍛えるスパルタ新設校」として2番手の地位を確保していた。
ところが平成6年度に同学区内にある私立西南学院高校が男子校から共学校に変わり人気を集めた。その年同校に入学した生徒は「西南に落ちた」層で、同校の教員らは私学の台頭を「黒船来航」に例えて強い危機感を抱いたという。
新しい皮袋には新しい酒を
しかし、それ以上に同校の教員が驚いたのは、新入生がこれまでの生徒と全く違うことだった。当時、第1学年副主任をしていた進路指導主事の和田美千代先生は「当然知って
いるべきことを知らない、ドリルやテストへの耐性が低い、暗記に価値を置かない。一体どういうことだと皆で愚痴ったものです」と振り返る。
その一方で新入生は非常に主体性が強く、やけに明るく活発だった。また、従来なら10人程度しかいなかった英検3級取得者が学年のほぼ半数に当たる220人もいた。
実は平成6年度は「新しい学力観」を掲げた現行学習指導要領で学んだ生徒が高校に初めて入学した年に当たる。たまたま、この年に同校は中高連携事業の研究指定を県教委から受けており、中学校を見て回る機会を得た教員らは、旧課程と新課程のあまりの違いに驚いたという。「中学校では一斉授業をほとんどしていない。これでは、高校でも無理だと思いました」と和田先生は話す。
「中学校までの教育が変わっていることを高校が知らないから齟齬が起きる」と気が付いた同校の第1学年担任たちは、新課程という「新しい皮袋に新しい酒を盛るための研究」を開始した。なかでも進路指導の改善やボランティア教育に取り組
んでいた宮崎県立宮崎西高校の実践から大きな影響を受けた。「校長の宇田津三郎先生に、あんたたちは大学に何人合格させるかばかりで、その子たちが社会に出てどうするのか全く考えていないと叱られました」と和田先生は笑う。確かに同校では英検を受けたいという生徒がいても、期日が模試と重なれば、当然のこととして模試を優先させていた。そこに思いが至ったという。「自己実現を目指す生徒の主体的・総合的な進路学習」という構想は、この宮崎西高校訪問の帰り道に生まれたそうだ。
同校の学校改革の理念に
そこで、まずは、生徒の興味・関心を明らかにしようということで、志望別の「ドリカムグループ」をつくり、そこに担当の先生「ドリカム顧問」をつけた。そして、このグループを基本にさまざまな調べ学習、体験学習をすることにした。こうして試行錯誤を重ねながら「ドリカムプラン」は形となっていった。
よって、「ドリカムプラン」は単に体系的進路学習をさせるということではない。同校の進路指導全体、学校改革の理念そのものを意味する言葉となっているのだ。
■城南高校の「ドリカムプラン」
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名称
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ドリカムプラン
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| 創設時期 |
平成6年より順次
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| 対象学年 |
1学年
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2学年
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3学年
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| 実施時間 |
通年木曜5.6限、放課後、休業期間中など
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| 時間数 |
2時間×35週(LHR含む)
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| 内容 |
「調査の年」
「私の10年後、20年後を考える」ところから、志望別にドリカムグループに分かれ、ハートシステムや大学のシラバスを活用した大学・学部研究を行い、「シラバスレポート」をまとめる。 |
「行動の年」
自主的活動を含むさまざまな体験活動、大学のオープンキャンパスへの参加、高大連携によるジョイントセミナーなどを通して具体的な進路、志望大学などを決定する。 |
「実現の年」
1・2年生でできなかったところを必要なものは補いながら、実際の大学受験に向けた準備を進める。 |
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小論文コンクール、ドリカム弁論大会、ディベート大会
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| 指導者 |
ドリカム顧問(全教員)
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| 学習集団 |
志望系統別に分かれたドリカムグループ
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総合学習
タイプ分類 |
在り方生き方・進路学習型
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