キャリアガイダンスVol.406
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思っています。児美川▼中学校・小学校に続き、少し遅れて高校にキャリア教育が入ってきたとき、中学校同様、キャリア教育≒就業体験という認識があったと思います。それが途中から「教科の中で」と言われ始め、普通科の先生方はやりやすくなったはずです。普通科でインターンシップというと敷居が高いけれど、教科を通じてならできると。藤田▼そうした教科の中での取り組みを進めていき、学びと将来とがリンクしていくことで、「では、今の学びの先にある大学は何をしているのだろう?」「研究所の人たちは?」「製品開発の現場は?」と視野が広がり、それがインターンシップの形に戻ってくれば理想的だと思います。児美川▼何も事業所にこだわる必要はありませんしね。もっと言えば、学校行事の委員会活動などをインターンシップに近い形にすることも可能です。修学旅行の計画を旅行業者と協働で行うことも、その他のPBL型の授業にしても、すべてインターンシップの代わりになるはずです。藤田▼まだまだ課題は多いインターンシップ・職場体験活動ですが副産物も生まれました。それは、各地に職場体験推進協議会のような連携組織が半ば強制的に作られたこと。実はこれが、それ以降のキャリア教育をするときの推進母体になりました。児美川▼そうしたことも、冒頭の開かれた学校につながっていますね。||インターンシップに加え、お二人は、キャリア教育にはいくつかの解くべき誤解があると指摘しています。例えばどういう点でしょうか?児美川▼キャリア教育においては、自己理解などの「自分軸」の一方、今の社会はどういう構造で成り立ち、どういう課題を抱え、どう変化していくのかという「社会軸」の理解も大切です。けれど、この10年間は、やりたいことや夢といった自分軸に振れ過ぎたように思います。藤田▼その典型が「自分探し」という言葉ですね。自分を探しても、内部空間には何もないわけで、外部との関係の中でしか存在しない。児美川▼そのとおりです。自分を持ちながら社会も理解する。社会性を持ちながら自分を見つめるという往復が重要なのに、「やりたいこと」で引っ張るキャリア教育が多すぎました。藤田▼「勤労観・職業観を育てる教育」がニート・フリーター問題に端を発したように、「やりたいことや夢」についても偏差値輪切りという難題が先行していました。その是正策として掲げてきたのだけれど、あまりに長くその論法を使いすぎました。打ちだした側の責任ですが、どうしても「自己実現」「夢や希望」とメッセージだけが強調されてしまった。そうした情緒に訴える言葉って学校教育に親和性があるんですよ。児美川▼それは教育学の分野も同じで、教育全体の課題ですね。ただ、現実には、大学生はその影響をもろに受けていて、仕事で自己実現しなければなどと思い込んでいます。適職信仰というのでしょうか、自分に相応しい職がどこかにあると信じ、就職活動が進まない。進路は、やりたいこと、やれること、やるべきことのバランスのなかで決めていくものなのに。 もっとも、偏差値輪切りの是正という経緯は理解できますから、これに社会性という厚みを加えればいい方向に進むと思っています。||その際、児美川先生は、今後の人生で生じるだろう「リスク」について正社員モデルの崩壊将来のリスクを提示すべき偏差値輪切り是正策としての「自分探し」という誤解102015 FEB. Vol.406

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