キャリアガイダンス vol.407
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を使いこなし、今はまだ予測もできないような社会問題を解決するための力を育成することが求められているのです。 現在の課題はもとより、将来の予期せぬ課題にも立ち向かえる意欲と熱意ある学び手を育てるにはどうすればよいのでしょうか。 教育者は今、従来型の認知的スキルは最も教えやすく、試験をするのも最も簡単であるという事実と、そのようなスキルは、デジタル化、自動化、アウトソーシングが最も容易であるという事実との間に生じたジレンマに直面しています。もちろん、専門分野の最新の知識や技能が今後も重要であり続けることは言うまでもありません。革新的な人、創造力のある人はたいてい、ある特定の知や実践の領域に関する専門技能をもっています。同時に、「学び方を学ぶ(learning to learn)」ためのスキルも同じように重要なのです。私たちは常に何かを学ぶことを通して、新たな学びを得ています。とはいえ、何らかの事柄の内容に関する知識(content knowledge)の再生産はもう教育の成果とはみなされず、自分が知っていることから推測し、その知識を新たな状況に応用できることが教育の成果とされます。つまり、今日の社会においては、何を知っているかだけでは評価も報酬も得られないのです(そんなことはグーグルが全部教えてくれるのですから)。問われているのは、自分がもっている知識で何ができるかなのです。これが以前とは大きく違う点であり、現在の教育は、創造力、批判的思考、問題解決、意思決定を含めた思考方法、コミュニケーションや協同作業を含む仕事の仕方や、新技術の可能性を認識し活かせる能力など仕事をする上で必要な力、さらには他者と共に生活し仕事をするのに役立つ社会的な情動スキル(感情の適切な表出やコントロールにかかわるスキル﹇訳注﹈)をより重視する必要があります。 これまで私たちは、何らかの問題が生じた場合、まず処理しやすい要素に分解し、その後に解決方法を生徒に教えるというアプローチをとってきました。しかし今、私たちは、異質な諸要素を総合して価値を生み出します。それには好奇心、柔軟性、以前は無関係と思われたアイデアをつなげる力が求められ、自分の専門分野以外の知識を学び、受容する必要があります。一つの専門分野に閉じこもって一生を過ごせば、点と点をつなぎ合わせる想像力は生まれませんし、その想像力がなければ次の発明も生まれません。また、何らかの事柄の内容に関する知識については、検索して得られる情報が増えれば増えるほど、その中身を理解する能力や、現時点で正しいとされている知識や実践に疑問を投げかけ、それを改善・発展させようとする能力がいっそう重要になります。 かつては、生徒が何か情報を必要とした時、百科事典で調べなさいと言えたでしょうし、そこに正しいこととして記述され、理解できた内容についてはおおむね信頼してよろしいと言えたはずです。しかし今日求められるリテラシーとは、直線的に整然と配列された構造となっていない雑多な情報に対応し、インターネット上に張り巡らされたリンク付きのテキストを自らの力で読みこなして自分なりの全体イメージを構築し、曖昧性に対処し、ウェブ上で見つけた情報間の矛盾を解決しながら解釈する力を意味しています。 おそらく現在の学校では、生徒が個々に学び、学年末に教員が個別の学習成果を評価するというのが一般的でしょう。しかし今後、世界の相互依存が強まるに従い、協働や調整を担う優れた人材がますます必要となります。今日までの進歩は、個々人の孤立した作業で生まれたわけではなく、私たちが知識を動員し、共有し、つなぎ合わせて生まれたものです。相互に接続された世界では、現時点において一部の限られた人だけの知識であっても、それらはすぐに誰でも手に入るものになるでしょう。 言葉を換えれば、知識がどこかに積み重ねられたままその価値を急速に失っていくような状態から、コミュニケーションと協同作業によってそれらの価値を高めていくような状態へと転換を図っていく必要があります。さらに、次の世代が、逆境下においてもそれを克服しようとする力(不均衡な世界への対応)とより強固な持続可能性(バランスのとれた世界への回帰)をよりうまく調和させられるよう後押しすることも必要です。 私は日本で、こうした変化を起こそうとしている多くの先生方に出会いましたし、とりわけ、東日本大震災の被災地ではそのような先生方が新しい未来を築こうとしていらっしゃいました。つなぎ合わせていくこと変わる教育の成果102015 MAY Vol.407

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