キャリアガイダンスVol.417 別冊
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3Vol.417 別冊付録本質に至る思考の方向性が見えず、結局、思い悩んで終わりになってしまいます。そして、2階にあたるのが具体的な理論や思考法です。これを身に付けることで、個別の課題に対する哲学的思考の応用力が広がります。この2階も、そこだけを抜き出して、『弁証法』『共同体主義』などの用語や理屈を覚えても意味がありません。これらは、ものごとの本質を考えるために使うツールなのです」哲学的思考力を養うために必要なのは対話による実践的なトレーニング ここまで整理すると、哲学や哲学的思考が、一学問分野には留まらない汎用的なものであることがわかる。だから、考える対象は実は何でも構わないのだと小川氏は言う。もちろん、自分の人生や生き方も重要なテーマの一つだが、現代のさまざまな社会課題もその対象になる。 図2に示したのはその例だ。人工知能(AI)について上のような問題意識を抱いたとしよう。1階の「本質を考える態度」が養われていれば、テクノロジーの領域でだけ議論をしていても解決ができない問題だと気付き、例えば、「人間の意識と進化したAIの意識は同じなのか、違うのか? 違うとしたら何がどう違うのか?」という本質に迫る思考の糸口をつかむことができる。そのうえで、2階に相当する理論や思考法から適切なものを参照することで、考えを深めていくことが可能になる。参照元は古典から現代思想まで豊富にある。この2階部分に関しては、関連する理論や思考法を知っていればいるだけ、応用範囲も広くなっていく。 「ただし、決して過去の文献に正解があるという意味ではありません。先人が築き上げたものを役立てながら、今そこにある問題を自分で考えることが重要なのです。結論は一人ひとり違っていていい。むしろ、違うからこそ、それぞれが考える意味があるのですから」 では、このような哲学的思考の態度や方法を身に付け、使える思考ツールを蓄えるには、どうすればいいのだろうか。小川氏は、きっかけとして、図3に挙げたような哲学の古典に親しむことを推奨する。 「近現代の哲学書は難解なものが多く、そのせいで哲学を敬遠している人も多いでしょう。しかし、パスカルの『パンセ』、デカルトの『方法序説』、プラトンの『饗宴』などは哲学初心者の高校生にも十分読める書物なのでお薦めです。数百年も前の古典が、現代の最先端の課題を考えるのに本当に役立つのだろうかと疑問に思う人もいるかもしれませんが、本質に迫る思考そのものは今も昔も変わりません」 これらの哲学者は、それぞれの時代の最先端の科学に精通図2 現代的課題に哲学はどのようにアプローチできるか?図3 哲学的思考を養うための古典3選人工知能が人間の知能を超えたとき、意思をもった人工知能が人類の脅威となることはありうるか?「意識とは何か?」という観点から考えることができる。デカルトは、当時既に、人間の意識は普遍的だが、機械人間の意識は個別的だと指摘している。つまり、AIはどこまで進化しても人間と同じ思考をすることはないということか? 一方、現代思想では、人間の意識は身体を超えてパソコンなどの道具にも宿るとする「拡張する心」という議論がある。その観点からAIについて考えると──。現代思想では、仲間なのだから支え合うべきというコミュニタリアニズムと、自分の好きに生きるべきというリバタリアニズムが対立している。しかし、この対立からは解決の糸口が見えにくい。では、ベンサムの唱える「最大多数の最大幸福」(功利主義)に立ち返るべきか? あるいはベンサムの思想を発展させ、一部の成功者が貧しい者を救えばいいとする効果的な利他主義が応用できないか──。極度に進行した少子高齢化社会において、若者は重い負担に耐えて高齢者を支えるべきなのか?哲学的思考によるアプローチ例哲学的思考によるアプローチ例>> 『パンセ』 パスカル17世紀の哲学者パスカルが人間の思考と行動を鋭く分析したエッセー。有名な「人間は考える葦である」という言葉は、「人間は弱い存在だが、決して悩みを放置したり、逃げ出したりせずに、頭で考えて、それに立ち向かおうとする強い存在だ」という、現代人にもヒントになる思想を表している。>> 『方法序説』 デカルト「我思う、故に我あり」で知られる、17世紀の哲学者デカルトの代表作。あらゆるものを疑って、そのあとに残ったまったく疑いえない何かを発見する「方法的懐疑」をはじめ、ものごとの本質について考える際の基本的な方法を解説している。現代でも通用する哲学的思考の教科書といえる本。>> 『饗宴』 プラトンプラトンは、現実の世界に対して、完全な理想の世界(=イデア界)があると主張したギリシャ時代の哲学者。『饗宴』は、このイデア論に基づいて愛の本質を論じた本。普段、私たちが当たり前に使っている「愛」という言葉の意味について、改めて問い直すときに参考になるテキストの一つ。

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