キャリアガイダンスVol.418
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352017 JUL. Vol.418どソフトウエア開発で大事なのは熟練よりもアイデアです。すると、気心知れた同質の集団よりも、自分と違う専門性をもった他者と一緒のほうが新しい発想を生み出しやすい。しかもアイデアを生み続けることが重要なため、繋がり自体を変化させることが有効に働きます。そう考えると、協働的な学びと言っても、日本社会が大切にしてきたコミュニティのそれというよりは、SNSに代表される、ゆるい繋がりのほうこそ親和性があると言えなくもありません。 教育を語るとき、「○○社会」や「○○力」という言葉が氾濫し、わかった気になりがちですが、具体的にどのような力の育成を目指すのかは、目指す人間像を深く議論したうえで、考えを共有することが大切です。 こうした社会変化を受け、今、先進諸国では「何を教えるか」といった内容ベースではなく、それを通じて「何ができるようになるか」も重視するコンピテンシー(資質・能力)ベースのカリキュラム改革が進んでいます。これについても、可能性だけではなく、注意すべき点があることを正しく認識する必要があると思います。 まず前提として、能力一般(コミュニケーション能力などの社会が求める実力)の形成は、学校だけではできないということ。学校教育には限界があり、そうした能力一般は、家庭や地域、もしくは社会に出てから実生活において伸ばす部分でもあるわけです。そもそも、学校教育とは書字文化の発達や科学の発展をベースに成り立ってきたもの。「リテラシー」という概念が学校教育に馴染むのもそのためです。 しかし、学校教育に期待される役割は変わってきました。家庭や地域における人間形成機能が低下し、かつ人材育成をコストと考える企業も増えてきた今、何らかの形で学校が担わざるを得なくなってきたのです。なのに「学力」と言ったときの一般的なイメージは「教科内容に則して形成される認知的な能力」に偏ったまま。そここそ学習指導要領の改訂や高大接続システム改革等で、「資質・能力」という言葉が多用されている背景です。社会の求めを踏まえて学力の中身を再検討しよう、一般的学校に対する期待が高まり求められる学力にも変化が資質・能力ベースのカリキュラムの可能性と危険性図1社会に適応するだけではなく、よりよく生きていくためになイメージを裏返し、「教科横断的に形成され得る、(コミュニケーション能力や社会性などの)非認知的能力」も含めて学力として捉えよう、というメッセージなのだと思います。 前置きが長くなりましたが、資質・能力ベースのカリキュラム改革自体を否定するものではありません。時代の要請ですし、目の前の生徒の学校生活を生き生きとしたものに変える可能性も感じています。とりわけ、学校から社会への渡りがうまく機能していない現状において、社会との関係から学力を問い直すきっかけになる点に期待しています。今のカリキュラムは「何のために勉強するのか」という問いに答えることが難しいくらい、生きることとの関連という視座に欠けています。しかも教科間の連携が少なく、総合性を欠いている。そうしたなかで鳥瞰的視野や教養をもつ人間を育てられるでしょうか。すべてを学校教育に押し改革の三つの志向性可能性として展開すべき点危惧する点学校での学びの社会的有用性を高めていく志向性全人教育・全面発達への志向性学びの活動性・協働性・自律性を重視する志向性内容項目を列挙する形での教育課程の枠組み、および、各学問分野・文化領域の論理が過度に重視され、レリバンスや総合性を欠いて分立している各教科の内容を、現代社会をよりよく生きていくうえで何を学ぶ必要があるのか(市民的教養)という観点から問い直していく機会となりうる。社会的有用性を高めていくことが、経済界からの要請に応え、「国際競争を勝ち抜く人材」や「労働者として生き抜く力」を育てることに矮小化され、早期からの社会適応(個人の社会化)を子どもたちに強いることにつながりかねない。「学力向上⇒教科の授業改善」という図式に限定された人々の視野を広げ、教科と教科外、さらには学校外の学びの場も視野に入れて、子どもの学習環境をトータルに構想する機会としても位置づけうる。「○○力」という言葉を介して教育に無限責任を呼び込みかねない。全人格や日常的な振る舞いのすべてが評定のまなざしにさらされかねない。認識方法面(プロセス)から目標や教科の本質をとらえることで、「1時間でこの内容をこの程度までは必ず習得させないと」という認識内容面の学問的厳密性の要求(教科を学ぶこと・正解を学ぶこと)をゆるめ、学習者主体の試行錯誤を含んだ思考やコミュニケーション(教科すること・最適解をつくること)を許容しやすくなる。カリキュラム上に明示された教科横断的な汎用的スキルが一人歩きすることで、活動主義や形式主義に陥る。とくに、思考スキルの直接的指導が強調され、しかもそれが評価の観点とも連動するようになると、授業過程での思考が硬直化・パターン化し、思考する必然性や内容に即して学び深めることの意味が軽視される。資質・能力ベースのカリキュラム改革の可能性と危険性Special Message ▶▶▶今、求められる学力とは変わる大学入学者選抜 何を問うか、どう育むか。

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