キャリアガイダンスVol.418
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362017 JUL. Vol.418て意図的・計画的に形成できるという幻想を抱かせかねないことです。 また、人格や日常のふるまいまでが評価の対象になると、学校生活に不自由さをもたらしかねないという懸念です。確かに積極的、社交的など、社会で評価されやすい気質をもつ生徒は活躍の場が増えるかもしれません。しかし物静かな生徒もいますし、それがその子らしさだったりします。彼・彼女らにとっては、自分丸ごとが常に評価のまなざしにさらされているようで息苦しいはず。性格の強制にもなりかねません。 もう一点。学校教育は経済界が求める人材、特にグローバルエリートの育成だけが目的ではないこと。多様な生き方を希求する時代、経済的合理性だけでキャリアを考えては無理が生じます。複雑な社会とうまくつき合いながら、しかしそこに染まり切らず、自分の頭で思考し、よりよく生きていく。そうした自立した個人を育てることこそ学校教育の使命ではないでしょうか。 こうした危険性にも目を配りながら、では、高校の教科指導にはどのような工夫の余地があるでしょうか。 一般に、教科内容に関する学びの深さ(学力・学習の質)は図2のように三層構造で捉えることができます。「知っている・できる」「わかる」「使える」というレベルです。 このうち日々の授業は「わかる」レベルを目指したものだと思いますが、個別の知識の意味理解を積み上げていくだけでは、「使える」レベルにはなりません。そのため、折に触れて「使える」レベルの課題を意識する。英語であればプレゼンテーションやディスカッションの機会です。それにより、日々の「わかる」授業の質も変わり、つけるものではないとしても、社会との繋がりを意識し、一人前の市民に育てることは後期中等教育に課せられた重要な役割だと思うのです。 この他、図1にも示した通り、資質・能力ベースのカリキュラム改革にはいくつもの可能性がありますが、一方で危険性も内包しています。 まず、先ほどから述べているように、本来万能ではない学校教育に無限の責任を負わせかねないこと。特に「○○力」という言葉が一人歩きすることで、あたかも学校教育によっ「知っている」「わかる」「使える」の三層構造から考える学力・学習の質の三層構造と評価方法図2教科学習の魅力は、教える内容だけではなくプロセス自体にもあり知識の意味のわかり直しや、知識の定着も促されます。基礎から積み上げていく学びだけではなく、基礎に降りていく学びの実現です。 もったいないのは、せっかく授業や単元の導入部で生活場面を題材に豊かな学びが展開されても、その後、抽象的な教科の世界で学習が進みがちな点。しかも、単元や授業の終末部では、問題演習など無味乾燥な学習に収束する。こうした尻すぼみの構造では、結局は機械的に問題を解くことがすべてという誤解を与えかねません。尻すぼみではなく、末広がりの構造への転換が大切です。 ここで留意点を一つ。「使える」レベルとは、知識を実生活で生かすことのみを指すわけではないこと。発見や創造の喜びなど、学ぶプロセス自体に面白さを感じるような、あたかも、その分野の専門家が知を探究する過程を追体験するような本物の知識の有意味な使用と創造(使える)知識の獲得と定着(知っている・できる)知識の意味理解と洗練(わかる)表現に基づく評価(広義のパフォーマンス評価)真正の文脈における活動や作品に基づく評価(狭義のパフォーマンス評価)知識表象や思考プロセスの表現に基づく評価客観テスト(例)情報過多の複雑な文章題、小論文、レポート、作品制作・発表、パフォーマンス課題とルーブリックなど(例)描画法、概念地図法、感情曲線、簡単な論述問題や文章題など(例)多肢選択問題、空所補充問題、組み合わせ問題、単純な実技テストなど

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