キャリアガイダンスVol.419
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 1988年に創立した致遠館高校は、2003年に九州地区で初めての公立中高一貫校となった。6年間の一貫教育に対する地域からの期待は進学校としての成果であり、各教員が力を入れて指導をしてきた。2006年からSSHの指定校となり今年度から3期目の指定を受けた。課業中の授業以外にも3学年の放課後の補習と、全学年での長期休業中の補習授業は原則として全員参加として慣例化されている。しかし以前は、教員の熱心さが思わぬ弊害をもたらしていたという。 「今も以前も、本校の教員の熱意は変わりません。決定的に違うのは、以前は教員が良かれと思って各教科で目一杯授業を行っていたので、教材研究や教材を準備する側の教員だけでなく、生徒も忙殺されて、生気をなくしていた点に尽きます」(山﨑俊明先生) 当時、学校が「不夜城」と呼ばれるほど教員たちは夜遅くまで教材研究 全員参加の補習授業削減で進路実績がV字回復。「教員・生徒」双方の多忙化を解消などを行うことが常態化していた。反面、生徒にたくさんのことを学ばせているにもかかわらず、国公立大学をはじめとする難関校への合格者数が年々減少(図1)、高校入試の募集は定員割れする事態に陥っていった。さらに、中高一貫校であるにもかかわらず、中学校での成績上位者が他校へ進学していた。また、不登校の生徒が増加するといった負の側面がクローズアップされていた。 多数の生徒が進学を志望する国公立大学への合格者数が急減していた2011年、山﨑先生が同校に着任、進路指導を担当することとなり、同時に着任した前学校長からてこ入れを命じられた。ここに、「チーム致遠館」としての戦いの火蓋が切られた。先攻として、当時の1学年の学年団が学年主任を中心に、現状と課題を洗い出した。 「入学者の定員割れが示唆する一面には、学校が地域に受け入れられていないということがあり、危機意識が教員にはありました。しかし、何から手を付けていいかわからない状態でした。例えて言えば、当時は船頭がいない船。漕ぎ手である一人ひとりの教員は皆必死で漕いでいるのですが、全員の意識が統一されていないので、チームとしての推進力をなくしていました。全員が進むべき方向を示してくれる光を求めてさまよっている感じでした」(山﨑先生) そこで山﨑先生はまず、改革の目的を明確にした。学校が地域に期待されていることに優先順位を付け、まずは進学に特化した。進学実績を上げることは、生徒の力を伸ばし、生徒自身の夢を叶えることであり、それが教員共通の目的であることは間違いない。そこに全職員の目線をフォーカスさせた。 「全教科が戦略を描くことなく授業や課題を提供していたので、労働生産性が著しく低下していました。また、量をこなすことで、生徒よりも教員が安心感を得ようとしてしまっていたのだと思います」(山﨑先生) 一方で、時代は新学習指導要領の改訂に向け、新しい「学びのかたち」が求められていた。多忙化が進行し、疲弊し1988年創立/普通科・理数科/生徒数708人(男子343人・女子365人)/進路状況(2017年3月卒業生)大学178人・短大5人・専門学校10人・就職1人/教職員:20代4人・30代22人・40代38人・50代15人(管理職3人含む)取材・文/長島佳子元ICT推進リーダー大久保智昭先生進路指導主事山﨑俊明先生校長牟田久俊先生ていた教員には、新しい取り組みに着手する余裕などない。山﨑先生は、補習などの基幹となる業務を軽減してでも「時間」を生み出さなければ変化は起きないと考えた。 山﨑先生が着任して2年目に1学年の担当となり、「1からやりたいこと致遠館高校の働き方改善のステップ●教員たちは「不夜城」と言われるほど、遅くまでの勤務が常態化していた。●進学校としての期待に応えるために、全教科で授業、課題とも詰め込んでいた。●学習時間が多い反面、国公立など上位大学の合格者が減少。定員割れをおこすなど不人気校であった。●教員、生徒とも疲弊していた。●国公立大学への合格者数の急降下に対し、対策を立てるよう校長から指示が出る。●テーマを「戦略とは何をしないのかを決めること」とした。●補習のコマ数を減らすことのメリットのエビデンスを取る。●ICTの導入による授業の側面からの支援と、生徒の自由な学び方のフォロー。●生み出された時間で、授業改善のための新しい取り組みと、生徒が部活動などに熱中する時間の確保。背景課題取り組みのきっかけ実 施学校データ教員と共に生徒も多忙化し進学実績の急低下を招く背景と課題思考のパラダイムシフトで、時間に新しい価値を生ませる取り組み何をしないかを決めることで時間を生み出す改革への道のり202017 OCT. Vol.419

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