キャリアガイダンスVol.419
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佐々井宏平京都学園中学高校 学校長まとめ/長島佳子 撮影/桐原卓也1925年、京都商業学校設立。1964年、男女共学制。1990年、商業科を廃止し全日制普通科高校に生まれ変わるとともに、京都学園高等学校と改称。2000年、京都学園中学校を開校し中高一貫校に。2006年から学校改革を始め、学校一体となって全教員が進学指導に取り組むことで、近年、国公立大学、難関私大等への進路実績が飛躍的に向上していることで注目されている。2015年より、SGH指定校。京都学園中学高校(京都・私立)ささい・こうへい1961年生まれ。立命館大学文学部地理学科卒業。父と二人の兄が教職という教員一家で育つも、ホテルマンを志す。大学4年時、教育実習担当の先生から「教壇に立つ時間の10倍の準備をしろ」と言われたことと、父の「自分の経験をダイレクトに次世代に伝えられるのが教員の仕事」という言葉で教職に目覚める。大学卒業後、1年間の非常勤講師を経て1985年、京都商業高校(現・京都学園)に着任。2004年、教頭に就任。2007年、前学校長の上津 裕先生の急逝により現職に。上津先生が亡くなる12時間前に「お前の時代が来た」とメールを受け取る。前校長が先頭をきって着手していた「学校将来計画」を引き継ぎ、「社会的認知を受け、選ばれ続ける学校づくり」を実践。世界に羽ばたける生徒育成に尽力し続けている。2017年、学校法人京都光楠学園理事長就任。 「世界の舞台に堂々と自分の意志で立ち、行動できる人を育てる」。この建学の精神に基づき歩んできた本校は、一昨年に創立90周年を迎えました。商業高校として創立した本校が、2014年には念願の東大合格者を輩出し、2015年にはSGHの指定を受けました。入試では定員より100名以上も多い生徒さんたちにご応募いただいています。 しかし20年前、私が学校入試委員を務めていた頃は、志願者の定員割れという厳しい状況に置かれていました。私立高校の合同説明会では、ブースに誰も来てくれないどころか、私が持っていた本校のパンフレットが、通りすがりの人にはたいて落とされたのです。そのときこみ上げた悔しさが改革への原動力となりました。「今に見ていろ。『京都学園にしか行きたくない』という学校にしてみせる」と心に誓い、同僚たちと必死になってさまざまな学校改革に取り組んできました。その大きな柱が、「生徒一人ひとりの学力と進路実績の向上」と「国際理解教育の推進」です。 「学力と進路実績の向上」の取り組みの一つが、学年の枠をはずして選抜した生徒に行っている「超難関大学数学講座」です。難問の解答を生徒たちに黒板で書かせたところ、2年生は3年生の前で緊張して震えていました。担当教員はその姿を見て、「こうした緊迫感を体験し、乗り越えられなければ、超難関大学に受かることはできない」と思ったそうです。数カ月後には、上級生と下級生がお互いに教え合うようになるなど、生徒たちが主体的に学びを楽しむようになってきました。その風土が根付いた結果、旧帝大クラスの合格者を輩出するに至ったのです。 「国際理解教育の推進」では、普通科高校へ再スタートをした1990年から、生徒全員が海外研修へ行っています。また、SGHに指定されてからは、対象の国際コースだけでなく、全コースで研究発表を行っています。 こうした取り組みを支えているのが、教職員たちの自己研鑽です。私が言い続けているのは「生徒が喜ぶことを一生懸命にする教職員集団になろう」ということ。一人ひとりが「私が京都学園です」と学校を代表する行動ができる教職員であってほしいと願い、それが実現できています。例えば、生徒のために授業の創意工夫をする過程で自身を磨いています。また、自ら進んで海外の提携校を開拓しに行っています。こうした行動力と創造力が教育力の向上に結びついているのです。 生徒たちに掲げているスローガンは「いつかプロ! 今、本気」。10年後に自分が目指す「プロ」になるためには、今の1日1日で何をどう経験するかが大事かを伝えています。その貴重な高校3年間を預かる立場として、我々教職員こそが常に「本気」でなければならないと考えています。 志願者割れしていた20年前の悔しさが糧「選ばれる学校」への改革をスタート「いつかプロ! 今、本気」を教職員も本気になって支え続ける選ばれ続ける学校を選ばれ続ける学校を創り上げるために創り上げるために自己研鑽し続ける教職員集団に自己研鑽し続ける教職員集団に472017 OCT. Vol.419

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