キャリアガイダンスVol.420
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ということは、目指す「認知」が変わったということ。そのために「観察」の窓を広げていくのだということだと思います。 最後になりますが、ではなぜ、こうした新しい学びが必要になるのでしょうか。一つは、学びのゴールが変わってきたからです。社会にあふれる簡単には解決できない問題を前に、若い人たちには、古い世代を超えてもらわなくてはなりません。それには、一人ひとりが自分で考え、他者の考えを統合しながら、独自の解をもつことが第一歩。一時的に覚え、すぐ忘れてしまう知識に意味はありません。図5で示すような実社会で活用できる学びが求められているわけです。 その際、「社会が変わるのだから、仕方がない、学びも変わらなければ」という消極的な捉え方をしてほしくありません。今ある職業の多くがAIやロボットに代替されると言われ、悲観的に捉える向きもありますが、裏返せばそれは、本来、人間が得意とする考える力や、学ぶ力を発揮しやすい社会になってきた、ということではないでしょうか。 実のところ、多くの人々が携わってきた、物事の手順を覚え、大量のルーチンワークをこなすといった労働は、人間にとって苦手な作業です。その一方で、人と関わり、考えを深めながら、新しいアイデアを生み出すことは、人間が得意としている力です。にもかかわらず、そうした力を存分に活かせる職業は多いとは言えませんでした。かつての徒弟制度の時代は、技術の継承などで学ぶ力が発揮されたこともありました。けれど、近代以降、均質化された知識・技能偏重の教育や社会構造によって、人と同じことを覚え、同じことをすることが求められる社会が長く続いてきたわけです。 それが知識基盤社会に移り、イノベーションや価値創造の重要性が言われ始め、しかも人間が苦手とする作業をロボットやコンピュータが代行してくれるようになった。再び、人間が得意とする力を発揮しやすい社会がやってきたわけです。 だから学校も、人間本来の、考える力を伸ばす場に戻していこう、という考え方が、今の教育改革のベースにあるような気がしています。 学びは人の本質です。「人はいかに学び、どのように賢くなるのか」を生涯追究してきた私の恩師、故三宅なほみ先生は、人は生まれた瞬間から学び始めると表現していました。人間に備わるその強みを、最大限発揮するべき時なのだと思います。 ただ、生まれた瞬間から人は学んでいくのですが、やはり磨かないと育たない。だからこそ、多くの人と対話し、それぞれの教科の「見方・考え方」を働かせ、自分自身がもつ知識や学ぶ力を使いながら、「深い学び」をたくさん経験してほしい。そうして得た、「よく学んだ」「学んでよかった」という実感が、社会に出た後もずっと、よりよく学び続けるための支えとなるはずです。学習目標に期待される3つの性質図5●可搬性(portability)学習成果が、将来必要になる場所と時間まで「もっていける」こと。学校の授業を単位に考えれば、ある授業でできるようになったことをその授業の中だけで「おしまい」にしないで、他の授業を受ける時に関連知識として役に立てたり、社会に出て仕事をする時に活用できたりすること。●活用可能性(dependability)学習成果が、必要になった時にきちんと「使える」こと。学習内容そのものの特質よりも、児童生徒自身が学んだことを学習場面とは別の状況で「使える」と判断するかどうか。「これ使ったらできるんじゃないか」と別の場面で引っ張り出してきて果敢に使ってみるというような積極的な取り組みができるかどうか。●持続可能性(sustainability)学習成果が、修正可能であることを含めて「発展的に持続する」こと。学んだ成果を発展的に少しずつ変化、あるいは変質させ続けられること。何かがわかってくるとその先に次にわからないことが出てくる。獲得した知識は、たいていの場合、いつまでも同じ形で役に立つものではありません。更新や拡張ができることも「学び方の学習」の一つ。※『21世紀型スキル―学びと評価の新たなかたち』より抜粋人間が本来もつ、考える力、学ぶ力が発揮できる社会に本来、人間が得意とする力を発揮しやすい社会になってきた益川弘如教授(聖心女子大学)「見方・考え方」を働かせる授業

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