キャリアガイダンスVol.420
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希望の道標取材・文/山下久猛撮影/鼻谷年雄かじうら・あすか何百年もの歴史をもつ伝統工芸の継承。その一部でも関われることは大きな誇りです。伊勢根付職人/梶浦明日香 皆さんは「根ね付つけ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。江戸時代に流行した、さまざまな物をモチーフとした小さな彫刻のことです。着物の必需品でもあり、巾着や印籠などの提げものの紐にこの根付を取り付けて帯に挟み、落ちてしまうのを防ぐ留め具として使われます。ひと昔前に携帯ストラップが大流行しましたが、その起源とも言われています。 江戸の昔から伊勢神宮には大勢の人々が参拝に訪れていましたが、根付はお伊勢参りの人気みやげの一つでした。そのため全国でも伊勢には根付の職人が多いのです。私はその一人として伊勢で根付を彫っています。 根付職人になったのは今から8年前。それまではアナウンサーでした。アナウンサーになることは小学生の頃からの夢だったので、その夢が叶った時はものすごく嬉しかったです。NHKに入社後はとても充実した毎日を送っていました。日常生活ではなかなか会えない尊敬できる人に会えて、直接話を聞けて、伝えるという仕事はとても楽しく、大きなやりがいを感じていました。だから当時は天職だと思っていたんです。 大きな転機が訪れたのは、東海地方の伝統工芸の職人さんたちを紹介する番組の担当になったこと。仕事そのものは相変わらず楽しかったのですが、取材させていただくほとんどすべての職人さんたちには後継者がいないということに危機感を抱きました。 また、その番組の取材で伊勢根付の第一人者で、現在の私の師匠である中川忠峰さんに出会ったとき、大きな衝撃を受けました。師匠が作る根付はものすごく繊細で美しく洒落が利いていて素晴らしかった。そして、その師匠の工房は、毎日、近所から海外の人まで、老若男女大勢の方々で賑わっていました。そんな多くの人と助け合いながら生きる生き方にも感銘を受けたんです。 さらに、職人の世界って奥が深いんですよ。今、師匠は70歳ですがそれでも若手と呼ばれる世界。死ぬまで修業で、ずっと成長していけるわけです。一方、女子アナウンサーの世界は少なからず若さが価値で、毎年次々と入ってくる若いアナウンサーが表舞台で活躍する一方、年齢を重ねたアナウンサーは管理職など裏方に回らざるをえなくなります。決して裏方が悪いというわけではないのですが、師匠を始めとした職人さんたちとの出会いで、歳をとるごとに自分の価値を伸ばしていける生き方をしたいと強く思うようになりました。 このようないくつかの理由で、28歳のときにアナウンサーを辞め、師匠に弟子入りしました。現在8年目ですが、日々少しずつ成長できること。毎日自由に時間を使えて自分の責任で生きることができること。何より、江戸時代から続く伝統工芸の技術と魂を受け継ぎ、次世代に渡すというこの仕事に大きな誇りを感じています。 日本には今まさに消えつつある貴重な伝統工芸がたくさんあります。でも今ならまだ間に合うものもあるんです。将来の進路を考えるとき、選択肢の一つとして職人を候補に考える人がいてもいいと思うのです。伝統工芸の長い歴史の一部を担うことができ、自分の裁量で自分にしかできないことをやって生きていく。そんな生き方は最高に幸せですよ。1981年岐阜県生まれ。小学生の頃からアナウンサーにあこがれ、アナウンサーを数多く輩出している立教大学観光学部へ入学。在学中からアナウンサー養成学校へ通い、19歳からフリーアナウンサーとして民放を中心に活動。大学卒業後、NHKのキャスターとなる。2010年、「東海の技」の取材を通じて出会った伊勢根付の名人・中川忠峰氏に弟子入りし、根付職人となる。次世代の若手職人の活動の幅を広げるべく、さまざまな伝統工芸を担う三重の若手職人のグループ「常若」や、東海の若手女性職人のグループ「凛九」を結成。各地で展示会やワークショップを開くなど、新たな伝統工芸の担い手の育成にも力を注いでいる。●梶浦さんのWebサイト http://asukanetsuke.wixsite.com/netsuke32017 DEC. Vol.420

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