キャリアガイダンスVol.422
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「それはどうすれば育めるのか」「自由とその相互承認の感度はどうすれば育めるのか」など、具体的に考えるべき問いがいくつか立ちます。 すると、教えられたことを覚える教育のままで、果たして自分で考えたり、解決したりする、自由になる力が育めるのだろうか。型通りの枠にはめた教育で、他者を認めることはできるのだろうか。少しでも枠から外れた人がいると攻撃する習性を身に付けてしまわないか、と答えが探しやすくなるわけです。 この100年、世界中で優れた理論や、それに基づく先進的な教育実践が展開され、教育課題に対する実践知は出揃っています。あとはシステム的実装であり、高大接続改革やカリキュラム改革も、そうした文脈の下で行われていると思っています。 私個人は、「自由とその相互承認」を、学校教育で実質化するためのヴィジョンとして、「学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合」という方向性を提唱しています。 学びの個別化とは、人それぞれ、学びのペースも、興味関心も、自分に合った学び方も異なっているということを、とことんベースに考えましょう、ということ。一斉授業を否定するわけではありませんが、少なくとも、皆で同じ内容を、同じペースでやり続けるシステムに限界がきているのは明らか。「落ちこぼれ」や「吹きこぼれ」を生む原因にもなりかねません。 ただし、個別化は孤立化につながる恐れがあります。そのため、必要に応じて人の力を借りられる環境が用意されていないといけません。緩やかな協同性に支えられた個の学び。個別化と協同化の融合が大切です。 そしてプロジェクト化は、生徒なりの問いを立て、生徒なりのやり方で、生徒なりの答えにたどりつく探究のこと。高校生くらいの発達段階であれば半分以上の時数をこうした授業にあてたいくらい。「基礎・基本をやらずに探究などできない」と言う声も聞き「学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合」という発想ますが、探究を通じて基礎・基本を学んだり、必要性を感じて学び始めたりすることもあるでしょう。人類の知の遺産として系統的なカリキュラムがあるわけですが、誰もが一歩ずつ階段を上るように学ぶ必要はないし、もっとラディカルなことを言うと、誰もがまったく同じことを全部絶対に勉強しなくてはいけないということもないはず。 学びの個別化など、現状の慣習では実現するには高い壁もありますが、「学びのコントローラー」は教師ではなく生徒が持つのだ、という発想は大切にしてほしいと思います。現代の問題の多くは、前の時代の哲学者が答えを出している左から、『教育の力』(講談社現代新書)、『どのような教育が「よい」教育か』(講談社選書メチエ)、『はじめての哲学的思考』(ちくまプリマー新書)、『勉強するのは何のため?』(日本評論社)ほか、著書・共著書多数。102018 MAY Vol.422

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