キャリアガイダンスVol.422
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像できます。すなわち、鳴り物入りの教育改革が始まると、それに関連する実践を行っていた先生に突然スポットライトがあたり、全国から見学者が押し寄せる。しかし、個人の実践なので、その学校全体の取り組みとしては広がらず、中には校内で浮いてしまうこともないわけではない。全国行脚の講演やワークショップに疲労も蓄積。新たに学び直す時間がなくなるのです。輝いていた実践も、いつしか色あせて映ってしまう。個人で頑張ってきた先に広がる寂しい光景です。 ですから、ALの普及においては、教員個人に依存することなく、組織として恒常的に展開していける学校づくりが課題だと痛感しています。 なぜ、そこまでALにこだわるのか。それは、長年、企業における人材開発を研究してきた結論として、ALに代表される、「教授パラダイム」から「学習パラダイム」への転換こそ、知識基盤社会を生き抜くうえでも、また、縮小社会に備えるためにも重要な学びだと「確信」しているからです。私にとって、ALは「教育運動」ではないのです。それは知識社会を「サバイブ」するための知恵だと思っています。「マナビラボ」http://manabilab.jp/というプロジェクトを運営してきました。柱の一つとして、高校におけるALの実態調査を2015年度から続けてきたのも、まさに現状を「見える化」するためです。その「高等学校におけるアクティブラーニングの視点に立った参加型授業に関する実態調査」によれば、15年、「自校ではすでにアクティブラーニングに取り組んでいる」と回答した学校代表者の割合は56・6%にのぼりました。それが3年間で8・8ポイント上昇し65・4%になっています。 ただ、65・4%の内訳を見ると、組織的な取り組みにはまだ距離があることがわかります。組織的に「参加型学習の推進に関して具体的な計画を策定している」のは、15年は13・4%ですが、17年は20・4%。数字は伸びてはいますが、まだ改革の途上にあることがわかります。結局は、熱心な先生が一人いれば、教科や学校として取り組んでいることにされているのです。 こうした数字を見つめるとき、あるシーンが思い起こされます。それは、まだ私が学生だった20年ほど前のこと。当時は、総合的な学習の時間が始まり、熱心な先生方が新たなカリキュラムづくりに励むのですが、多くは孤軍奮闘。次第に疲弊し、「なぜ、みんな同じ熱量にならないのだろう」と、研究室の学生だった私にこぼすのです。 その後、私は企業を主たる研究対象としたため、教育現場を深く観察してきたわけではないのですが、同様のことが繰り返されたことは容易に想 冒頭、数字や事例の「見える化」という表現を使いました。数字による裏付けが説得力をもつことは言うまでもありません。ただ、数字だけを見てわくわくする人がいるとすれば、それは少数でしょう。現場、特に先生方にとっては、数字の羅列よりも、「子どもたちがこう変わった」という事例や物語の方が、腹落ちするであろうことは想像に難くありません。 心理学者ジェロム・ブルーナーは、人の認識にはパラディグマティックモード(論理・科学的様式)と、ナラティヴモード(物語様式)の二つがあると指摘しました。人が腑に落ちるには、二つの思考様式が相互補完することが重要だということです。 これは企業においても同じ。営利企業に対して「数字でしか動いていない」と思われる方がいるかもしれませんが、私の知る限り、そんなことはありません。ビジネスは「感情」で動くのです。経営側にしても、従業員にしても、意外と人間臭いところが行動原理になっているものです。数字だけで動かないのは、企業も学校も同じ「見える化」してないものは、マネージできない個人として、組織として 学校改革にどう取り組む?組織開発の知見から 中原 淳132018 MAY Vol.422

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