キャリアガイダンスVol.423
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 天然のクモの糸は重さあたりの強靭性が鋼鉄の4倍、炭素繊維の15倍もあり、鋼鉄や炭素繊維よりも軽く、耐熱性も高く、ナイロンを上回る伸縮性を兼ね備えています。さらにクモ糸は化学繊維と違いタンパク質からできており、生物によって生産・分解できるため、人工的に生産できれば石油に頼らず、再資源化も可能という夢の繊維です。これまでNASAや米軍、世界的な繊維企業が人工クモ糸の実用化に挑戦してきましたが、技術的、コスト的な問題で断念してきました。私は大学時代からこの夢の繊維の人工生産の研究に取り組んでおり、2013年に産業的に量産する技術を確立させ、本格的な量産化まであと一歩のところまできています。 どうして実用化が困難といわれていたクモ糸の人工生産に挑戦しようと思ったのか。その原点は中高時代にあります。私は慶應義塾幼稚舎に入学したため、小学校から最低限の成績さえ取っておけば受験なしでそのまま大学まで進学できる環境にいました。勉強嫌いで全然勉強しなかったこともあり、時間をもて余していたからか、子どもながらに「生きるとはどういうことか。人はなぜ生きるのか」というようなことを考えるようになったんです。そして「生きることに意味などない」という結論に、中学生の時にたどり着きました。ならば、せめて生きている間は幸せを感じていたい。さらに、幸せを感じるのはどんな時かというと、人は社会的な生き物ですから、自分が所属するコミュニティの中で役割をもち、貢献することなのではないかと思うようになりました。 高校進学後も相変わらず勉強は全然せず、ぐうたらな生活を送っていたので、このままではダメ人間になるという危機感を抱いていました。社会の一員として役割を果たしたいという思いだけはもっていたものの、具体的に何をすればいいのか皆目わからなかった。そんな時、テレビで紛争のドキュメンタリー番組を観たんです。紛争で街が破壊され人々が殺されていく生々しい映像に大きな衝撃を受けると同時に、なぜ紛争や戦争が起きるのだろうと考えました。過去に起こった紛争や戦争について調べて、いろいろ考えた結果、限られた資源の奪い合いがその大きな原因で、資源問題を解決することができれば世界平和に貢献できるのではないかと思うに至りました。 一方で、私の祖父も父も経営者だったので、小さい頃から自分が会社員になることがイメージできず、かといって父の会社を継ぐのも嫌でした。なので必然的に将来は起業するものだと思っていました。ビジネスとは簡単に言うと世の中をよくする仕組み。大きなビジネスを成功させるための一番の近道は、人類社会から求められているものを提供すること。それは戦争や紛争の火種をなくす、つまり資源問題を解決することだと考えたんです。 そのために具体的に何をするべきかはわからなかったのですが、高3の秋のある日、慶應義塾大学環境情報学部の説明会のために来校したある教授との出会いが、その後の私の運命を決定づけました。その教授はバイオテクノロジーとITを使った最先端の研究をしている冨田勝先生で、この研究が資源問題、環境問題、食糧問題など地球規模の問題を解決する鍵となると熱く語りました。それを聞いて「まさに僕がやりたいのはこれだ!」と思ったのです。しかし、この学部は当時、慶應義塾大学の中でも2番目に人気の学部。私の成績ではとても進学は不可能だったので、それから猛勉強を開始。そのかいあって何とか環境情報学部に入学、冨田研究室に入ることができ、クモ糸の人工合成の研究を始め、現在に至るというわけです。 ここまで来られたのは中学生の時に「自分はなぜ、何のために生きるのか」をとことん突き詰めて考えたからだと思います。その時出した結論は今でも変わっていません。だからこれからの時代を担う高校生の皆さんには、とにかく大きな視野で「生きること」や「幸せ」について考えてもらいたいです。徹底的に自問自答し、自分なりの解を見出すことができれば、それは人生の糧となり、時に方位磁石となってあなたを支えてくれるはずです。希望の道標取材・文/山下久猛撮影/川島啓司1983年東京生まれ。2001年慶應義塾大学環境情報学部に進1983年東京生まれ。2001年慶應義塾大学環境情報学部に進学。同年9月、先端バイオ研究室の冨田勝研究室に所属。2002学。同年9月、先端バイオ研究室の冨田勝研究室に所属。2002年、山形県鶴岡市にある慶應義塾大学先端生命科学研究所を年、山形県鶴岡市にある慶應義塾大学先端生命科学研究所を拠点に研究活動を開始。2004年、クモ糸人工合成の研究を開拠点に研究活動を開始。2004年、クモ糸人工合成の研究を開始。事業化するため大学院に進学し、博士課程在学中の2007始。事業化するため大学院に進学し、博士課程在学中の2007年9月、学生時代の仲間と共にスパイバー株式会社を設立、代表年9月、学生時代の仲間と共にスパイバー株式会社を設立、代表取締役に就任。2013年、クモ糸を人工的に生成し産業用に量産取締役に就任。2013年、クモ糸を人工的に生成し産業用に量産する技術を確立、新素材「QMONOS®」の開発に成功。2015する技術を確立、新素材「QMONOS®」の開発に成功。2015年、THE NORTH FACEとのコレボレーションにより産業化に向年、THE NORTH FACEとのコレボレーションにより産業化に向けた本格的な試作品を発表。けた本格的な試作品を発表。せきやま・かずひでせきやま・かずひで●Spiber株式会社 https://www.spiber.jp/●Spiber株式会社 https://www.spiber.jp/大きな視野で生きる意味や幸せを考えることから始めたい。人工合成クモ糸を開発/関山和秀32018 JUL. Vol.423

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