キャリアガイダンスVol.423
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 彼女は振り返って、「あのとき、先生に話を聞いてもらえたことが、いまの自分につながっています」と語ったそうです。 この話は、滅多にないレアケースでしょうか。この担任の対応は珍しいかもしれませんが、しかし、相手の思いや考えを受け止めて指導するのは、教育の原点です。成績だけでは、彼女の将来を予測できなかったという事実は、私たちに、生徒を正しく評価することの難しさを示しているように思います。がいました。その生徒の成績は最下位付近。「そんなことよりもまず勉強だ」と指導するケースもありうると思います。ところがその担任は、どのようにして宇宙の始まりを探るのかと、身を乗り出して尋ねたそうです。生徒は真顔で、「望遠鏡で見ます。光学望遠鏡ではなく、電波望遠鏡を使うんです」と答えました。「そうですか。では、日本一の電波望遠鏡はどこにあるの?」「国立天文台です」「そこで研究したいわけだ」「はい」「大学はどう考えている?」「電波望遠鏡で研究できる東京大学に行きたいです」。そこで初めて担任は成績表を示して、「相当がんばらないと。しっかり勉強してください」。彼女は深くうなずいたそうです。 3年後、その生徒は第一志望にこそ合格できませんでしたが、後期試験で、電波望遠鏡に強い別の国立大学に合格しました。そして4年間学んだ後、晴れて東京大学大学院に進学。学位取得後、念願が叶って国立天文台に勤めることになりました。その後、米国の研究所での勤務も経験。科学雑誌に論文が掲載されるなど、研究を続けています。る能力と違い、学習意欲とは本来、人が生まれもった能力であるはずなのに、年齢が上がるにつれて低下していく傾向があるのはなぜでしょう。 原因の一つとして、私は、評価の問題が大きいと感じています。評価といっても、一通りの流れが終わったときに行われる総括的評価ではなく、形成的評価。一般的にどうかは別として、私はこれを、成長を促すための過程の評価と捉えています。それが十分ではないのではないか。個々の生徒に寄り添う評価になっていないのではないか。生徒が本来もっている力を発揮できるような、次につながる評価はできないものか。それには、生徒との対話を深め、さまざまな視点から生徒を見ることが必要です。 ところで、私自身は、「果たして人を評価することなどできるのだろうか」という思いを強くもっています。 京都市立堀川高校で校長をしていたとき、こんなことがありました。 担任との進路面談で、「宇宙の始まりについて研究したい」と言った1年生 学校教育における評価活動は、そうした謙虚さからスタートする必要があるのではないかと思うのです。 もちろん、実際に「やったこと」に対する結果について評価をくだすことは必要です。さきほどの総括的評価にどう取り組むかということは重要な課題です。 しかし一方で、生徒本来の力というものを考えると、本当に評価したことにはならないのは、先ほどの例からも見えるのではないでしょうか。少なくとも、学校教育における評価は、※(独)国立青少年教育振興機構「高校生の生活と意識に関する調査報告書」(2015年8月)および(財)一ツ橋文芸教育振興協会、(財)日本青少年研究所「中学生・高校生の生活と意識-日本・アメリカ・中国・韓国の比較-」(2009年2月)をもとにした文部科学省作成資料よりそもそも、人を正しく評価することなどできるのか人を評価することなどできないというところからのスタート図1 高等学校学習指導要領・新旧対照下線は編集部による●現行高等学校学習指導要領(平成21年3月告示)第1章 総則 第1款 教育課程編成の一般方針1 各学校においては、教育基本法及び学校教育法その他の法令並びにこの章以下に示すところに従い、生徒の人間として調和のとれた育成を目指し、地域や学校の実態、課程や学科の特色、生徒の心身の発達の段階及び特性等を十分考慮して、適切な教育課程を編成するものとし、これらに掲げる目標を達成するよう教育を行うものとする。●新高等学校学習指導要領(平成30年3月告示)第1章 総則 第1款 高等学校教育の基本と教育課程の役割1 各学校においては、教育基本法及び学校教育法その他の法令並びにこの章以下に示すところに従い、生徒の人間として調和のとれた育成を目指し、生徒の心身の発達の段階や特性、課程や学科の特色及び学校や地域の実態を十分考慮して、適切な教育課程を編成するものとし、これらに掲げる目標を達成するよう教育を行うものとする。学習者中心の評価とポートフォリオの役割荒瀬克己(大谷大学 教授)92018 JUL. Vol.423

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