キャリアガイダンスVol.426
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 一連の出来事を通して、金井先生は「生徒主体の活動が正しいんだ」との思いを強めるようになる。 そこにまた別の落とし穴があった。 「自分とは考えの違う先生を『正しくない』と感じ、それが態度の端々にも出てしまい、今度は先生同士の関係性が崩れてきてしまったんです」 結局、金井先生は一部の先生とはぎくしゃくしたまま、新天地のかえつ有明中・高校に転職する。同校が今までにないカリキュラムのコースを創設すると耳にし、その授業開発に携わりたくなったのだ。頭の中にあったのは、課題解決をしながら学ぶProject-based Learning(以下、PBL)を、コミュニケーションを大切にしながら行うことだった。 「東日本大震災後のボランティアで、被災された方の話を真剣に聴くことが相手の力になることを感じたり、ノンバイオレント(非暴力)コミュニケーションを学ぶなかで、生徒が主体的になれるよう勇気付けるには、誰もが相手の話に耳を傾け、何でも言い合えるような場をつくることが必要だと思うようになったのです」 その構想は、回りまわって自分の在り方を省みることにもつながった。 「身近な先生相手に、僕はそうしたコミュニケーションができなかった。価値びをもたらしたという。 何よりもまず、自分がなりたかった教師像からブレたことを自覚した。 「僕の母校の校訓は『自由・自主・自律』。その気風を大事にしたかったのに、生徒には真逆の縛りつける指導をしていた、と気付いたんです」 だから金井先生は、同僚と共に生徒主体の活動に力を注いだ。生徒が自ら考える模擬裁判や、商品開発の授業。すると生徒たちは徐々に自分を表現できるようになり、懸案の生徒も明るさを取り戻した。そうした変容を見守れたことも、得がたい経験だった。 さらに彼が20歳の時、同窓会で金井先生が詫びながら当時の心境を尋ねると、「実は先生のせいではなく、前からのモヤモヤがあの時に爆発したんです」と語ってくれたという。 「人の内面ではいろいろなことが起きている。自分に見えている世界と、内側にある世界は違うかもしれない、という大事なことも教わったんです」観の違う人がいても、その相手と一緒に何かを生み出すことを楽しめる人になりたい、と思いました」 かえつ有明中・高校では、金井先生を含む10名の教員で新コースの中身を考えた。その議論は必ずしも順調に進んだわけではなく、当初は案外、ぎすぎすしていたという。 そこでメンバー全員で行ったのが「お互いをわかり合うことを目的とした合宿」だ。初日にペアで1時間ずつインタビューし合ったり、他己紹介をしたりと、相互理解に努めた。そうして心の距離を縮めてから翌日に新コースのことを話し合うと「各自の思いがぶわっと出た」という。 「このプロジェクトが本当に動きはじめたのは、そこからでしたね」 教師として目指したい授業の在り方もより明確になっていく。 「授業でどんな世界をつくりたいのか十分に準備をし、でも授業が始まれば生徒の声に耳を傾け、その関係性のなかで生まれたものをキャッチし、生徒だけでなく教員も学ぶ。最終的にその空間にいる全員が『お互いに授業の学びをつくっている』という感覚になれたときに、クリエイティブな授業になるのだと思います」 ほどなくして金井先生は、独自のパターン・ランゲージ(※1)をつくるプロジェクトにも数名の先生と関わった。これも一つの転機となる。 「一人では思いつけないものを全員で生み出せたわくわく感があり、加えて、各メンバーがパターン・ランゲージをつくるプロセスで学んだことを授業や学級運営に生かし、先生たち自身がすごく変容したんですよ。それが印象的で。いわばこのプロジェクトが、僕たち教員のPBLになったのです」 こうした教師の変容や成長のことを、金井先生は実践だけでなく理論も含めて学びたくなった。昨年秋、かえつ有明中・高校を退職し、東京大学大学院に入学。現在は声をかけてくれた学校で協働の授業開発や実践をしながら、教職開発について研究している。 「今はいち教師として何ができるかより、誰かと一緒に学びの場をつくることに興味があるんです。その過程で自分の想像を越えるものが生まれることや、お互いが変容していくことを、楽しんでいきたい、と思っています」生徒主体が「正しい」という思いが教員間の軋轢を招いた生徒の声も先生の声も大事にしその場の全員で学び合いたいかえつ有明中・高校のパターン・ランゲージのプロジェクトメンバーとは、カナダの国際学会にも参加し、海外の先生とも交流した。(※1)パターン・ランゲージとは、状況に応じた判断の成功パターンを抽出し、言語化するもの。教員同士の学び合いで、自分の在り方を見つめて発表したときの写真。生徒が何でも言い合える場をつくるには、教員同士が腹を割ることが大事だと考えた。“これから”を歩む教員 5Stories212019 FEB. Vol.426

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