キャリアガイダンスVol.428
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2年生の環境科学の授業。講師を知り合いのオーガニックコットン協会の理事に依頼し、綿花から衣服ができるまでの裏側を、糸つむぎなどの体験も交えてみんなで学んだ。 佐野先生は、先天性股関節脱臼症のために、長く歩くときは杖を必要としてきた。母はそのことを案じて前から教員になることを願っていたそうだが、佐野先生自身は、足のことや飼犬の世話を通して、高校生になる頃には再生医学や獣医学のほうにより興味をもっていたという。 そこで大学はどちらの可能性も追えるよう、教員免許を取れる獣医学部に進学。卒業後は、再生医科学研究所に大学院生として進学した。 その大学院時代の2つの体験が、結果的に、佐野先生が心から「高校の教員になりたい」と思うきっかけになる。 「一つは、動物病院でアルバイトをしたときに、飼主の行き過ぎたしつけや放置による虐待にふれ、獣医だけでは命を救いきれないと思ったことです。もう一つは、再生医学でも患者さんを研究データ集めの対象として見ている医師がおり、命が軽視されていると思ったことです。より多くの命が救われるよう、私たちの倫理観をもっと高めたい、と思うようになり、それができるのはどこかを考えたとき、たどりついたのが教育だったのです。それも、大学で医学生だけに働きかけるのではなく、高校で、将来、医療や行政や企業に進む人から、親や飼主になる人までいるなかで、これからの生き物との関わり方を一緒に考えたい、と」 だから、私立の中学校や高校の非常勤講師を経て、都立高校の教員になった。 非常勤講師時代には、教育や生徒のことをどう捉えていくか、以降のベースとなる考え方を育むことができたという。 「中学1年生に対して、1年間いろいろな実験をしながら、何をしたいか、どんな世界であってほしいか投げかけていったら、1示せば10返ってくるほどになったんですね。『生徒ってこんなにすごいんだ』ということを彼らから最初に教わったのです」 その実感が、生徒と共に授業を創るという〝Chalk-Jack〞の原動力になった。 「やってみれば生徒はここまでできる、ということを、教員も生徒たち自身もまだ知らない。授業や学校はこういうものだと思い込んでいる。その固定観念を崩していきたいんです。そうすれば生徒が変わり、教師が変わり、授業が変わります。そんな生徒たちと未来を一緒に考えれば、社会全体が変わると思うのです」授業ができるまで救える命を増やしたいその思いから高校の教員に生徒たちにできることを全員が過小評価していないか環境科学の授業では、春先に種を蒔いてオーガニックコットンを育てることにも挑戦。この季節に高1の生物基礎と高3の生物の授業では、芽吹いてみずみずしい植物の観察も行うという。HINT&TIPS1同じ単元の授業でも生徒に合わせてクラスごとに授業のやり方を調整佐野先生の授業は「学び合い」が基本だが、過去に講義に慣れ親しみ、学び合いだと不安になる生徒が多いクラスでは、授業の前後で短く板書の説明もするという。いずれにしろ重視するのは、①暗記でなく理解に落とし込むこと、②学びを生徒の自分ごとへと結びつけること、③安心できる学びの環境にすることだ。2生徒が選択や意思表明する場を演出し個々の“I want”を引き出していく佐野先生の授業内容はすべて学習指導要領にのっとっている。それでいて自由度が高い授業に思えるのは、時間配分や進め方(「学び合い」か講義か)、実験手順など、生徒が選択・希望できる場を意図的に作っているからだ。自己選択や意思表明の場数を踏むほど、生徒は思いを口にできるようになる。3生徒の学校の外に向かう興味も歓迎し関係者とつながれるように後押しする授業を通して、生物学や社会課題に興味をもった生徒には、佐野先生は関係者や関連イベントも積極的に紹介する。知り合いを紹介することも多いし、ツテがなければ関係者の連絡先を一緒に調べて背中を押す。そうして外で生の声にまでふれていくと、生徒の探究心や問題意識は一層高まる。4教育の在り方を外部の人とも議論社会を変える仲間の輪を広げていく佐野先生は、東京都生物教育研究会で勉強会を企画・運営しているほか、日本生物教育学会や日本生物教育会などにも所属し、校外の人と交流することも大事にしている。情報交換をしてより良い授業を創るためであり、生徒に紹介できるツテを増やすためでもあり、社会を変える仲間の輪を広げるためでもある。■ INTERVIEW 佐野先生とは前任校のときに勉強会を通じて知り合いました。国語の授業では必ず自然環境分野の評論文を扱うので、内容理解が深まる展開を考えるときなどに、理系の佐野先生に相談してきたのです。 また、どうすれば生徒が主体的に学べるかも話し合ってきました。例えば「生物でも国語でも、教員から与えられた問いだと生徒は嫌がるけれど、仲間が疑問に思ったことだと考えてみようとする」「では生徒から良い問いが生まれるようにするには授業をどうデザインすればいい?」とか。 佐野先生のすごさは、授業や社会をより良くしたいという強い思いをもっていることです。それが生徒の琴線にふれる。「自分もやってみたい」と生徒に思わせるエネルギーがあるんです。青臭いようですが、私も生徒一人ひとりが「幸福」について考えられるようになってほしいと願っています。そのために、まずは生徒も教員も互いに笑顔になれるような授業、全員が自分の足で歩めるような授業を、目指したいと思っています。国語 沖 奈保子先生世界を幸せにしたい。まずは生徒も教員も互いが笑顔になれる授業から582019 JUL. Vol.428

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