キャリアガイダンスVol.429
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を取り戻すことがその本質だと思います。関係性のなかで学ぶという点では、主体的・対話的で深い学びも、方向性は同じ。他者の認知過程を外側に出し、それをもとに議論をして、互いに思考を深めていくわけですから。 探究学習も絶好の機会になるはずです。これまでの高校教育は、進学や就職の準備教育に終始し、出会う大人の幅も狭く、広い視野をもって学ぶことが後回しにされてきました。それでは主体として社会をより良く変えることはできません。そうではなく、各教科に閉じず、人との対話を通して「なぜこういう状況に置かれているのか」「それを変えるためにはどうすればいいのか」と考え、「こういう世界だったらいいね」と共有しながら、主権者の一人として社会をつくっていく。それが学校教育の最も重要な役割です。 最後に、最近の好事例を紹介させてください。松原高校では、総合学科の必修科目「産業社会と人間」において、ある年、ブラックバイトや過労死などを取り上げたグループがいました。学習の過程で、「生活保護も甘えだ」と批判する自己責任論がネット上にあふれていたことを知り、自分らの置かれたしんどい状況も語り合っていた生徒たちはショックを受けます。「では、子どもの貧困も自己責任なのか」という切実な問いをもち、駅周辺でアンケートをとり、役所の担当者にインタビューもしました。そうしたなか、課題解決のためには、信頼できる人に会い、つながる場が必要だと確信。校内に居場所をつくるプランを提案し、年度末の校内発表で最優秀賞をとりました。 話はそれで終わりません。それに応えた教員が、市内で子ども食堂(孤食の解決等のため、無料または安価で食事や団らんを提供する社会活動)を展開するNPOに声をかけたことで交流が始まり、2017年夏には松原高校版子ども食堂がスタートしたのです。子ども食堂は月一回ずつ学校と地域で開催され、学校で行われる「松高キッチン」には、NPOの方々の支援に加えて、スクールソーシャルワーカーも参加されます。「みんなの食卓」と銘打った地域での開催日には、現在多くの子どもや保護者が集まっています。 生徒の問いから始まった学習が、学校を変えただけではなく、社会も変えていったのです。そのことに私はとても感銘を受けました。しかも、その陰には、「立派な発表だったね」で終わらせず、問題を先送りすることもせず、生徒の疑問や熱意に応えた大人たちがいたわけです。 こんなふうに、大きい視点で教育を捉えれば、まだまだ可能性は広がると確信しています。立派な人間として生きるとはどういうことか。今していることは人類の進歩にどうつながるのか。そうしたことから議論を始めることを忘れないでいたいです。 大人が勝手に想定した「こうあるべき」という狭い枠に生徒を閉じ込めず、「できる・できない」という尺度で測ることなく、数字になることだけで競うことをやめた先に、光は見えてくると私は思います。大人が想定した枠に生徒をはめない。社会のいたらなさを生徒と超えるとき光は見えてくるはず学校を変えるだけでなく社会も変えられる「未来を創る主体」を育む学校づくりへ生徒と共に踏み出す高校改革とは?2019 OCT. Vol.42921

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