キャリアガイダンスVol.430
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まとめ/堀水潤一 撮影/加来和博西元孝幸九州国際大学付属高校 校長1930年九州法学校開設。58年八幡大学附属高等学校男子部設立。89年現校名に変更。2010年に男子部と女子部を統合し男女共学化。全日制普通科。難関クラス、S特進クラス、特進クラス、進学クラス、トップアスリートクラスというクラス編成で、進級時にステップアップも可能。全クラスで外部機関による授業アンケートを定期的に実施し授業改善に活かしている。野球部やサッカー部をはじめクラブ活動も盛ん。九州国際大学付属高校(福岡・私立)全体の数字よりも大切な全体の数字よりも大切な一人ひとりの生徒の一人ひとりの生徒の夢や希望の実現で、夢や希望の実現で、来て良かったと思われる学校に来て良かったと思われる学校ににしもと・たかゆき1950年、福岡県豊前市の網元の長男として生まれる。中学校卒業後に跡を継ぐつもりも、「漁をするにしても、これからは経営的な発想が必要。人生で一度は首都を見てこい」という祖父の言葉に後押しされて日本体育大学体育学部に入学。73年に卒業後、一旦は船に乗るも福岡県の養護学校(特別支援学校)から声がかかり4年間勤務。障がいを抱えながらも前向きに生きる子どもたちの姿に感じるところがあり教職を一生の仕事にすることを決意。保健体育の教員として定年まで福岡県立高校に勤務する。その間、福岡県高等学校野球連盟会長、九州地区高等学校野球連盟会長を歴任。学校外にも人脈を広げ、内に閉じがちな学校運営に役立てる。2011年、福岡県立小倉西高校校長を最後に定年退職。学校法人九州国際大学募集本部勤務を経て、16年より現職。 長く公立高校に勤めてきた私が、九州国際大学の法人本部を経て本校に赴任したのは2016年。年齢に加え、これまでと違う環境に対する不安もありました。しかし、目の前の生徒とじっくり関わってきた公立高校での経験と、私学のもつスピード感や一体感などの長所をうまく融合しようと覚悟を決めて臨みました。 私が赴任する少し前の2010年、本校は男子部・女子部からなる別学体制を改め男女共学化に踏み切りました。それを契機とした精力的な学校改革によって、志願者数や進学実績を向上させるなど大きな成果を出していました。 公立人気が高い県にありながら本校を第一希望として入学する生徒の割合も半数近くに増え、遠方から通うケースも少なくありません。理由を聞けば、行事や部活動が魅力的だとか、希望の進路を実現できるなどの答えがあがってきますが、親子のように生徒と接する先生方の存在が大きいことを実感しています。ですから私の役割は、先生方が生き生きと働くことができ、今以上にやる気になってもらうこと。そのために人間関係の構築に力を入れてきましたし、待遇面でも報いることができるよう、法人理事としての立場を活かし理事会に働きかけたりもしています。 教育に専念していた公立時代と比べ、今は学校をより俯瞰して捉える立場にあります。遅くまで自習する生徒の安全を考慮してスクールバスの夜間運行を認め、中学生の保護者を念頭に夜間のオープンスクールも始めました。教員採用についても一任されるようになったことで、10年先を見通した組織づくりも可能になりました。 経営的な視点が求められる立場とはいえ、数字ありきではありません。国公立大学の合格者数を急増させている本校ですが、実は今春の合格者は昨年に比べて微減しています。もしかしたら、生徒に「夢を諦めるな。安易に志望を変えるな」と語り続け、学年主任には「数字を出すための進路指導ではいけない」と言い続けてきたことが要因の一つかもしれません。私学のトップとして迷いも生じますが、決して間違ってはいないはず。学校全体として実績があがっても、一人ひとりの生徒の夢や希望の実現につながらなければ意味がありませんし、それができてこそ、「来て良かった」と心から思ってもらえる学校になるはずです。 赴任時の不安の一つだった年齢については日々のトレーニングでカバーしています。駅から学校までの急な坂道も、スクールバスを使わず、着替え持参で上り下りを続けています。カラ元気でもいい。トップが元気でなければ、後に人は続きません。生徒に対しても同じ気持ちであり、機会を見つけては接点をつくろうとしています。先日は陸上部から依頼を受けて、「朝は希望に起き、昼は努力に生き、夜は感謝に眠る」という部訓をつくりました。生徒同様、私自身、いつも心に留めている言葉です。公立時代にはなかった経営的な視点で学校教育を俯瞰して捉える数字を出すための進路指導ではなく一人ひとりの希望を叶えることに重点を492019 DEC. Vol.430

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