キャリアガイダンスVol.430_別冊
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3Vol.430 別冊付録 進学校では、大学受験の前に総決起大会を開くところが多い。多くの先生が「がんばれ! 絶対合格!」と発破をかける中で、「君たちは本気で大学に行きたいのか?」と投げかけた。「なぜ大学に行くのかを考えよう。大学がすべてじゃないんだ。だから安心して失敗して大丈夫だよ」と語りかけた。そして、大学の先の10年後、20年後を考えさせようとした。 こうした働きかけはどのような結果に結びついたのか。 「例えば、有名私立大学の文系全学部を受験するというような生徒はいなくなりました」と山本先生。ブランドだけで大学を選ぶ生徒はいなくなり、自分のやりたいことを考えるようになったのだという。 新渡戸文化学園での英語の授業に戻ろう。 フィリピンの子どもたちとSkypeやZoomで会話する。しかも1対1ではなくグループで会話する。そのとき、お互いに一番多かった質問は何だったと読者はお考えだろうか? それは「Do you have a boyfriend?」であった。生徒たちが最も関心がある話題だからだ。そして、「その質問が通じたときの、生徒たちの嬉しそうな顔といったらありません」と山本先生は語る。 「通じると楽しい!」「もっと英語を使いたい!」「コミュニケーションしたい!」という気持ちが高まっていく。スパルタで詰め込んでも英語が嫌になるだけである。 そして、「英語を教えてほしい」という気持ちが高まったときに、初めて教えるのである。 もちろん、これは最も初歩のきっかけに過ぎない。フィリピンとの交流では、その後は日本とフィリピンのそれぞれの社会問題を語り合い、解決策を議論していく。 また同校では、チャレンジ・ベースド・ラーニングに取り組んでいるが、この中学1年生のクラスでは、「持続するカフェをつくる」ことがチャレンジのテーマだ。 そのための予備学習として、理科と英語のクロスカリキュラムが組まれている。これは英語で理科を教えるのではなく、貧困問題という社会的テーマを理科と英語の2つの教科から考えるという取組みである。 カフェでは、「プラスチック問題」「食の安全」「フェアトレード」などが関係してくるが、理科では「トレーサビリティ」について考える授業を行っている。そして英語では、「海外ではどんなオーガニックカフェがあるんだろう」「そこのメニューにはどんなものがあるんだろう」と生徒たちはネットで調べる。 そうすると、中学1年生のノートには「discrimination(差別)」「communication」などの単語が並ぶことになる。多くの中学1年のノートのような「dog」や「cat」は書かれていないにもかかわらず、である。を含んだものに進化していく。そして、「自分の世界を広げるために英語を学びたい」「SDGsを考えるために英語を学びたい」といった動機が生まれるようになってくる。「世界の同世代100人とSkypeで話したい」という生徒もいる。 その段階で、ようやく生徒たちは英語を学び始めるのである。こういった内発的動機が生じない限り英語を無理に一方向に教えることはしない。その動機が生まれるのを、長ければ1~2年は待つ覚悟が必要だと山本先生は語る。 そして実際、フィリピンの子どもたちとSkypeで話した生徒たちは、「楽しい! もっと英語を学びたい!」と変わっていく。 その際に、山本先生が指導することは、「英語で自己紹介できるようになろう」ということであり、「教科書の中で挨拶の言葉を探してみよう」「(自己紹介のために)自分の好きなことや好きな物が書いてあるところを探してみよう」ということである。 だから、山本先生の授業では、生徒たちの英語の教科書の使い方が他と違う。教科書の最初の単元から覚えていくのではなく、教科書から自分に必要なことを探し出し付箋を貼って使っていくのが先になる。ある意味では、山本先生のクラスの生徒の方が教科書を使いつくし、学びつくしているとも言えそうだ。 「教えない授業」という言葉はインパクトが強いが、先生が何もしないことを意味しない。「教える」から「学ぶ」へ、すなわち生徒が学ぶことを中心に置き、ファシリテーターへと教師の役割の転換を目指す教育のことである。 英語に関して言えば、「教えない授業」とは英語を学ぶ目的をもたせる学び方を手に入れさせるということだ。そして、英語はその目的を達成するためのツールであるということを明確にする。目的がはっきりしていればしているほど、生徒たちは主体的に英語を学ぶようになるのである。 これは、英語学習に限ったことではない。 そう山本先生が気づいたのは、かつて勤務していた進学校でのこんな経験からだ。生徒が描いた「将来の見取り図」②

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