キャリアガイダンスVol.431
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 この手続きに必要なのがCritical thinking(クリティカル・シンキング、批判的思考)です。俯瞰してさまざまな立場を捉え、「ほんとうにこれまでの在り方でよかったのか」と別の視点からもその事象を捉え直すのが、批判的思考。これまで検討してきた根拠と意見を振り返り、それを複数の立場や視点からも厳しく確認したうえで、問題や課題をどう克服するか、よりよい世界をつくるにはどうするのか、その方針を具体化するならばどうするのか、考え抜くことが大切です。 以上のように小論文に必要なのは「根拠」「意見」「提案」の3要素であり、生徒にはこの3点をすべて盛り込むことを求めています。それはもともと大学入試攻略の戦略上、考えた末の判断でした。 私は教育心理学者であるベンジャミン・サミュエル・ブルーム(1913-1999)が提唱した「タキソノミー(教育目標の分類学)」をベースに、高校生が小論文を執筆するときに働かせる思考を捉え直し、指導に活かしています(右下図)。 その捉え方が思考の3段階です。まずは「知識理解思考」。知識をインプットし、そのまま再現する思考の段階です。入試でいえば、一問一答や暗記で対応できる選択式問題です。二つ目は「論理分析思考」。知識を分析し、それらを基に応用・推論する段階です。入試なら、記述 ここまでの話は、過去に起こった「事実」を基に論理的な分析を行い、根拠と意見を導いています。つまり、過去の情報を材料に、現在の高校生自身の意見を示しているということです。しかし、私の指導では、そこで思考を止めず「これからどうすべきか」という「提案」まで求めます。 問題や課題を見つけたならばその発生要因を食い止めるための戦略(how)、優れた事例を生む秘訣を見出したならばそれを拡大・普及する戦略を考えます。さまざまな立場や価値観を意識しながら、どういう目的(why)をもって戦略を決定するのかを発散思考で捉え、どの戦略がベストかを検討し、具体的な戦術(what)を検討し、絞り込みます。この一連の流れは、言い換えれば「未来の世界を自らの手でつくること」にほかなりません。式問題。 ここまでは「過去」に蓄積された知識を基に推論したにすぎませんが、それらをクリティカルに捉え、統合し、新たな知を創造する思考が「批判創造思考」です。眼差しは「未来」にあります。この領域を評価できるのは、小論文をはじめとした多面的評価にかかる試験形態です。 大学入試という側面で小論文を捉えた場合、大学側のアドミッション・ポリシーを踏まえなければなりません。各大学が「知識理解思考」≒「知識・技能」、「論理分析思考」≒「思考力・判断力・表現力」、「批判創造思考」≒「学びに向かう力」のどれを重視しているのかによって、本来は対応を変えなければならないということです。しかし、設問に誠実に向き合うにはこの3つを統合する必要があるのは自明です。知識だけでも、論理性だけでも、理想だけでも足りません。よって、3つの思考をいずれも高める指導を行う必要性に迫られます。 実際の高校現場を見続けていると、3つの思考を共に高める指導はあまりないと感じています。よくあるのが「問題演習」と「添削」という方法ですが、文章表現指導に終始したり、ネガティブな枝葉の指摘によって、生徒が個性ある世界観を構築するまでに至らない、思考のためのフォームの習得を意識した指導とは言い難いものです。結局、高校生たちは指摘を直すだけで、その指導の本質をメタ認知して次の答案へ生かすには至りにくいものです。 また「こういう問題のときはこう書きなさい」と指南するケースもあります。これは本来育成すべき「論理分析思考」「批判創造思考」をすべて「知識理解思考」で処理をするという指導法です。どちらも、本来必要となる3つの思考をどう鍛えるかというところがデザインされておらず、成長できるかどうかは高校生次第、という指導形態であるということは否めません。 私は3つの思考を育成する講義をさまざまな高校で展開していますが、小論文なのに授業中に答案を書きません。宿題として問題演習を課し、そこに至る思考のためのトレーニングをPBL(Project Based Learning)によって学ぶスタイルです。つまり、集団でないと学べないことを教室で、一人でできることは授業外でやる、ということです。 この連載では授業の展開だけでなく、授業内のアクティビティの意図などを、背景となる学習理論を交えて紹介します。次回のテーマは「意見と理由」を予定しています。私も全国の先生方と同様、試行錯誤しながら授業をしています。そうした先生方の励みになるよう、そして私の小論文指導のエッセンスをシェアすることで、より多くの先生方と「仲間」になれればと願っています。 未来を自らの手でつくる「提案」の必要性ブルームのタキソノミーを踏まえて整理した思考の3段階現状の小論文指導を乗り越えるために神﨑史彦1978年生まれ。1996年に法政大学に法学部論文特別入試で合格。在学中より中学生の国語・社会・理科講師を務め、卒業後は大学受験予備校などで小論文の講義や講演を担当する一方、通信添削教材・模擬試験の問題作成者として活動。現在までに21冊の小論文・AO入試関連の学習参考書を出版している。現在は自らの塾を経営しながら、講演や私立学校での講師を務め、論理的思考や探究型キャリアデザインの必要性を広める活動、全国各地の高校教育改革ならびに高大接続事業のコンサルティングを行っている。552020 FEB. Vol.431

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